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第63話 お見舞いに行ってきます


翌朝、日和が店の前を掃いていると、通りからエリオが出てきた。


「おはようございます」


「おはようございます、エリオさん」


挨拶を返したところで、エリオが足を止める。


「ガルドさんのことですが、治療院にいるそうです。命に別状はありません」


「本当ですか?」


思わず箒を握ったまま近づいた。


「怪我は?」


「右肩から腕にかけて。しばらく仕事は休む必要があるそうです」


命に別状はない。それだけで安心したものの、仕事を休まなければならないなら軽い怪我とも言えない。


日和は少し考え、店を振り返った。


「今日、お店休みます」


「……休むんですか?」


「はい。ガルドさんのところに行ってきます」


「店を休んで?」


同じことを言い直され、日和はエリオを見る。


「何かまずいですか?」


「いえ。ただ、そこまでする必要があるのかと思っただけです」


どことなく声が低い。


「ありますよ。昨日あんな話を聞いたんですから、顔を見るまでは心配です」


「……そうですか」


「それに友達ですし」


エリオの眉間にわずかに皺が寄った。


「なんか不満そうですね」


「そんなことはありません」


「ありますよね?」


「ありません」


どう見ても少しある。


けれどエリオはしばらく黙ったあと、小さく息を吐いた。


「……日和さんが心配なのは分かっています。顔を見れば安心するというのも」


「はい」


「なら、行った方がいいでしょう」


ようやく納得してくれたらしい。


日和は治療院の場所を教えてもらい、店先に本日休業の札を出した。


「ありがとうございます。行ってきますね」


「気をつけて」


「はい」


「……あまり長居して、怪我人を疲れさせないように」


「もちろんです」


答えると、エリオはそれ以上何も言わなかった。



教えてもらった治療院で部屋を尋ねると、ガルドはベッドの上で上半身を起こしていた。


「……なんでお前が来るんだ」


「その言い方はないでしょう」


右肩から腕にかけて包帯が巻かれているものの、顔色は悪くない。声にもいつもの張りがあって、日和はようやく肩の力を抜いた。


「思ったより元気そうですね」


「だから大したことねえって」


「大したことない人は治療院に寝てません」


日和は持ってきた果物と焼き菓子をベッド脇に置く。


「わざわざ持ってきたのか?」


「お見舞いです」


「店は?」


「今日は休みにしました」


ガルドが眉を寄せた。


「俺のために休むなよ」


「もう休んだので遅いです」


「……頑固だな」


「ガルドさんには言われたくありません」


いつもの調子で言い返せる。それだけで、昨日から抱えていた心配がようやく消えていった。


日和は椅子に腰を下ろし、包帯を見る。


「腕、大丈夫なんですか?」


「ああ。前にやったところを少し痛めただけだ」


「前?」


ガルドが一瞬だけ黙った。


「昔、傭兵をやってた頃にな」


「そのときも右腕を?」


「今よりひどかった。まあ、それで傭兵を辞めた理由の1つにはなった」


軽い口調だったが、それ以上聞いてほしくなさそうだったので、日和も追及しなかった。


「じゃあ今回はちゃんと治るまで大人しくしてくださいね」


「分かってる」


「お酒もなしです」


「それは医者に言われてねえ」


「じゃあ私から言っておきます」


「お前は店主だろ」


「だからです。治るまで宵日和でも出しません」


ガルドが嫌そうな顔をした、そのときだった。


廊下から慌ただしい足音が近づいてくる。


勢いよく扉が開いた。


「ガルド!」


日和が振り返る。


「……ミレイユ?」


仕事の途中で駆けつけたのか、ミレイユはいつもの仕事着のまま、少し息を切らしていた。


「日和もいたの?」


「うん。お見舞いに」


ミレイユはそれだけ聞くと、すぐにガルドへ視線を戻した。


そして、包帯の巻かれた右肩を見た瞬間に表情が変わる。


「……また、そこ?」


さっきまでの日和とガルドの軽いやり取りが嘘だったように、部屋が静かになった。


「動く?」


「ああ」


「ちゃんと?」


「動くって言ってんだろ」


「見せて」


「医者に診てもらった」


「私にも見せて」


ミレイユは譲らない。


いつもならガルドをからかって笑っているのに、今はそんな余裕が少しもなかった。


「傷は開いてない? 前みたいになってない?」


「なってねえよ」


「本当に?」


「ミレイユ」


ガルドの声が少し低くなる。


「大したことねえ。今回はお前に関係ねえよ」


ミレイユが黙った。


その顔を見た瞬間、ガルドもわずかに眉を寄せる。


安心させようとして言ったのだろう。


けれど、どうやら言葉を間違えたらしい。


「……そう」


ミレイユはそれだけ言って、ベッドの横に置かれていた椅子を引いた。


それでも帰ろうとはしなかった。


「じゃあ、治るまでちゃんと見張る」


「なんでそうなる」


「大したことないって言って勝手に動きそうだから」


「動かねえよ」


「信用できない」


「お前な……」


いつもの言い合いに少しだけ戻った。


けれどミレイユの目は、何度もガルドの右肩へ向いている。


日和は2人を見て、そっと立ち上がった。


「じゃあ、私は帰りますね」


「もういいのか?」


「はい。元気そうなのも分かったし」


それに。


自分がここにいなくても、もう大丈夫だと思った。


「ガルドさん、ちゃんと休んでくださいね」


「分かったよ」


「ミレイユ」


「うん?」


日和は一瞬だけ彼女を見る。


「……ガルドさんのこと、お願いね」


ミレイユは少し驚いたあと、いつものように笑った。


「任せて」


その返事を聞いて、日和は部屋を出た。


扉を閉める直前にも、


「だから動くなって!」


「水取るだけだろ!」


そんな声が聞こえてくる。


日和は思わず笑った。


昨日は、怪我をしたと聞いただけであんなに心配した。


けれどミレイユはきっと、自分とは比べものにならないくらい心配したのだろう。


あの顔を見れば、それくらいは分かる。


「……好きな人だもんね」


小さく呟いて、日和は宵日和へ戻る道を歩き出した。


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