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弟と間違えて召喚されたので、異世界で小料理屋をはじめます~小料理屋《宵日和》~  作者: HaKo
第4章 異世界でもおいしいものは人を呼ぶようです
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第56話 久々の再会ですが、視察だそうです


ガルドが眠ってしまってから、しばらく経った。


何度か声をかけてみたものの、起きる気配はない。仕方なく日和は、そのまま後片づけを始めた。


使った皿を洗い、残った料理を片づける。酒の瓶を棚へ戻し、調理台を拭く。


本日休みのはずだったのに、結局いつもと同じことをしている。


「……重そうだなあ」


ちらりとカウンターを見る。


大きな獣人が突っ伏したまま眠っている。


これを家まで運ぶのは無理だ。ミレイユを呼べれば一番早いのだろうけれど、今から探しに行くわけにもいかない。


「起きるまで待つしかないか」


最後の皿を棚へ戻したところで、背後から椅子の軋む音がした。


「ガルドさん?」


振り返る。


ガルドがゆっくりと顔を上げていた。


「起きました?」


返事はない。


ぼんやりした目でこちらを見ている。


「お水、飲みます?」


日和が近づく。


「……ミレイユ」


低い声が落ちた。


「え?」


次の瞬間、大きな手が日和の両肩を掴んだ。


「ちょ、ガルドさん?」


力は強くない。けれど、簡単には振りほどけそうにない。


ガルドはまだ半分眠っているらしく、焦点の合わない目で日和を見ていた。


「……お前、また……」


「私、ミレイユじゃ――」


言い終えるより先だった。


突然、身体が後ろへ引かれた。


「え?」


背中が誰かの胸にぶつかる。


肩を掴んでいたガルドの手が離れ、代わりに日和の身体を支えるように腕が回った。


「触るな」


聞き覚えのある低い声。


日和は目を見開いた。


「……侯爵様?」


すぐ後ろにエリアスがいる。


片方の腕が日和の肩を抱き、もう片方が腰に回っていた。


ほとんど抱きしめられている。


「え、あの……」


状況が理解できない。


どうしてここにエリアスがいるのか。


それ以前に、どうして自分はエリアスの腕の中にいるのか。


ガルドがゆっくり瞬きをした。


「……誰だ、お前」


「酔いが覚めてから話せ」


いつも以上に低い声だった。


ガルドはしばらくエリアスを見たあと、日和へ視線を戻した。


「……ミレイユじゃねえな」


「最初から違います」


「そうか」


「そうです」


ガルドは納得したように頷くと、再びカウンターへ突っ伏した。


「また寝るんですか?」


返事はない。


日和は呆然とする。


そして、しばらくして別のことに気づいた。


まだエリアスの腕の中にいる。


「あの……侯爵様」


「何だ」


「もう大丈夫です」


エリアスが止まった。


それから、自分が何をしているのか今気づいたように腕を離した。


「……すまない」


「いえ」


日和も一歩離れる。


妙に近かった。


肩と腰に、さっきまであった腕の感触が残っている。


なんとなく落ち着かなくて、日和は意味もなく前掛けを整えた。


「それより、どうしてここに?」


今日は休みだ。


それに、エリアスが宵日和へ来たことはまだ一度もない。


「……視察だ」


「視察?」


「ああ」


エリアスは平然と答えた。


「店を始めて1か月が過ぎただろう」


「過ぎましたけど」


「問題なく営業できているか確認する必要がある」


「侯爵様が?」


「そうだ」


日和は首を傾げた。


「もう侯爵邸を出てますよ?」


「分かっている」


「店も自分で借りてます」


「それも分かっている」


「じゃあ、なんで視察が必要なんですか?」


エリアスが黙った。


「……領内の店だからだ」


「全部のお店を視察してるんですか?」


「…………」


していないらしい。


「侯爵様?」


「必要だと判断した」


押し切った。


相変わらず説明が足りない。


けれど、久しぶりに見るその顔を眺めているうちに、日和は少しだけ笑った。


「来てくれたんですね」


エリアスの表情が止まる。


「約束してたでしょう。お客さんとして来てくれるって」


「……ああ」


「今日は休みですけど」


「そうらしいな」


「残念でしたね」


そう言いながら、日和は少し嬉しかった。


今日、ミレイユに聞かれたばかりだ。


会いたいのはどっちか。


あのとき最初に浮かんだ人が、今、目の前にいる。


「でも、少しくらいなら何か作れますよ」


「今日はいい」


「遠慮しなくても」


「休みの日に働かせるために来たわけではない」


その言葉に、日和は瞬きをした。


「じゃあ、本当に様子を見に来ただけ?」


「……そうだ」


エリアスは答えた。


日和は笑う。


「やっぱり優しいですね」


「何がだ」


「そういうところです」


エリアスが黙った。


日和はそれ以上説明せず、眠っているガルドへ視線を戻した。


「それより、この人どうしよう」


「知り合いか?」


「前に商会で一度会った人です。今日、友達の知り合いだって分かって」


エリアスがガルドを見る。


「なぜその男がここで酔いつぶれている」


「仕事帰りだったので、少し飲んでいくことになって」


「今日は休みではなかったのか」


「休みです」


「では、なぜ酒を出した」


「流れで」


エリアスの眉間に皺が寄った。


「日和」


「はい」


「視察が必要だったようだな」


「なんでですか」


「休みの日に店を開け、酔った男と2人きりになっている」


「ガルドさんはお客さんですよ」


「客なら何をしてもいいわけではない」


「酔いつぶれる予定ではなかったんです」


「酔った人間は予定を守らない」


正論だった。


日和は少し言葉に詰まる。


「……侯爵様、怒ってます?」


「怒ってはいない」


怒っている顔に見える。


もっとも、最初に会った頃から大体こんな顔だった気もする。


「心配してくれたんですか?」


何気なく聞くと、エリアスが黙った。


その沈黙に、日和は首を傾げる。


「侯爵様?」


「……視察だと言っただろう」


「そうでした」


やっぱり仕事らしい。


責任感の強い人だ。


さっきまでガルドが何度も口にしていた言葉を思い出す。


昔の部下だから。


長い付き合いだから。


それだけだ、と。


あれだけミレイユのことを気にしておいて、よく言う。


ガルドはきっと、自分で思っている以上にミレイユのことが好きなのだ。


日和には、それくらい分かる。


「……何だ」


エリアスの声に、日和は我に返った。


「何でもないです」


「そうか」


「はい」


日和は眠っているガルドを見た。


その隣で、エリアスが難しい顔をして立っている。


ガルドは分かりやすいのに。


侯爵様は、相変わらず何を考えているのか分からない。


「それより、本当にどうしましょう、この人」


「起こせ」


「起きないんです」


「水をかけろ」


「駄目です」


即答すると、エリアスがこちらを見る。


「風邪をひいたらどうするんですか」


「……では、どうするつもりだ」


「それを考えてるんです」


久しぶりに会ったというのに、結局こんな話をしている。


それがおかしくて、日和は小さく笑った。


「何がおかしい」


「なんでもないです」


「さっきからそればかりだな」


「そうですか?」


日和は笑いながら、もう一度ガルドを起こすためにカウンターへ向かった。


その背中をエリアスが見つめていたことには、気づかなかった。


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