第54話 女子会といえば恋の話
「それで、どんな人?」
日和がもう一度聞くと、ミレイユは諦めたように息を吐いた。
「……大きい人」
「大きい?」
「背も高いし、体も大きい。顔も怖い」
「顔が怖い人なら私も知ってる」
「張り合わなくていいのよ」
張り合ったつもりはない。
ミレイユはカップに残っていた飲み物を一口飲んだ。
「昔、一緒に傭兵をやってたの。私の上司みたいな人だった」
「へえ」
「無愛想で、口も悪くて、見た目も怖い。でも、本当は優しい人よ」
どこかで聞いたような説明だ。
「ミレイユも怖い人が好きなんだね」
「日和にだけは言われたくないわ」
「私は好きとは言ってないよ」
「私も言ってない」
「じゃあ違うの?」
そう聞くと、ミレイユが黙った。
さっき自分が同じようなことをした気がする。
「……好きなんだ」
「日和、楽しんでない?」
「ちょっとだけ」
ミレイユが恨めしそうにこちらを見る。けれど、否定はしなかった。
「長い付き合いなのよ。本当に、それだけ」
「それだけの人にパンケーキ3枚持って帰ったんだ」
「まだ言う?」
「だって3枚も」
「大きいのよ。食べるの」
なるほど。それなら3枚でも足りないかもしれない。
「で、その人はミレイユのこと好きなの?」
何気なく聞くと、ミレイユの表情が少し変わった。
「……それはないわ」
「どうして?」
「私に対しては、昔からの仲間だからってだけよ」
「本人がそう言ったの?」
「言わなくても分かることくらいあるでしょ」
「さっき私には、本人は分かってないって言ってたのに」
「……嫌なところ突くわね」
ミレイユは困ったように笑った。
「でも、私たちはいろいろあったの。簡単にそういう話にはならないのよ」
いつもの軽い調子とは少し違う。
日和は少し迷ってから聞いた。
「それでも、好きなんだ?」
ミレイユはすぐには答えなかった。窓の外へ目を向け、それから小さく息を吐く。
「……まあね」
「そっか」
「何よ」
「ううん」
それ以上は聞かなかった。
ミレイユが話したくなったら、そのとき聞けばいい。
「でも、本人には言わないでよ」
「会ったこともないのに、どうやって言うの」
「それもそうね」
ミレイユが笑った。
「じゃあ、今度その人と宵日和に来たら?」
「嫌よ」
「なんで?」
「絶対面倒なことになるもの」
「何が?」
「いろいろよ」
そう言って、ミレイユは残っていた焼き菓子を口に放り込んだ。
その顔が少しだけ赤い気がしたけれど、日和は見なかったことにした。
*
店を出る頃には、陽が少し傾き始めていた。
「楽しかった」
日和が言うと、隣を歩いていたミレイユが笑った。
「なら、また休みなさい」
「たまにならね」
「月に何度かは休みなさい」
「考えとく」
「それ、休まない人の言い方よ」
「ちゃんと考えるよ」
「考えるだけで終わらないでよ」
そんな話をしながら、市場へ続く通りを歩いていたときだった。
前から歩いてくる大きな人影に、日和は見覚えがあることに気づいた。
「あ」
獣人の男だ。
商会で家賃を払った日に、魔物の素材を持ち込んでいた男。確か、冒険者をしていると言っていた。
向こうも日和に気づいたらしい。
「この前の店の姉ちゃん」
「あのときの」
「店、今日は休みか?」
「はい。たまには休めって言われて」
日和が隣を見る。
そこで初めて、ミレイユが立ち止まっていることに気づいた。
「ミレイユ?」
いつもの軽い表情が消えている。
その視線は、目の前の獣人に向けられていた。
「……ガルド?」
日和は横を向いた。
獣人の男も、少し驚いたようにミレイユを見ている。
「……ミレイユ」
今度は、日和が止まる番だった。
ミレイユを見る。
大きな獣人を見る。
もう一度、ミレイユを見る。
大きい。
顔が怖い。
昔、一緒に傭兵をしていた。
無愛想で、口も悪くて、本当は優しい。
そして、放っておくと肉を焼いただけか、酒だけで食事を済ませる。
「……もしかして」
嫌な予感でもしたのか、ミレイユの眉がわずかに動いた。
日和は獣人の男を見た。
「パンケーキ3枚の人?」
「日和」
ミレイユの声が低くなった。
ガルドは眉を寄せる。
「……パンケーキ?」
商会で一度会った、あの獣人。
まさか、ミレイユが話していた相手だったとは。
日和は驚いたまま、2人を交互に見た。




