第49話 もう一度、召喚を【ノアside】
「もう一度、召喚を行います」
ノアは、向かいに座るセドリックを見た。
「……もう一度、とおっしゃいましたか?」
「ええ」
王宮の一室。
呼び出された時点で、嫌な予感はしていた。
だが、予想していたより話は悪い。
「前回の召喚については、まだ私が調べています」
「承知しています」
「でしたら、結果が出るまで待っていただけませんか」
セドリックは答えず、机の上に数枚の書類を置いた。
「まずはこちらを」
ノアは訝しみながら手に取った。
西部の村で、魔物による家畜への被害。
街道では商人の馬車が襲われ、護衛に負傷者が出ている。
さらに次の紙をめくる。
「……南部でも?」
「ええ」
これまで人里まで下りてくることの少なかった魔物が、各地で目撃されている。
まだ王都や北部にまで被害は及んでいない。
だが、明らかに何かが変わり始めていた。
「現地には?」
「すでに兵を増員しています。魔術師も派遣しました」
「なら、まずは原因を――」
「調査も進めています」
先回りするように言われ、ノアは口を閉じた。
「それでも被害は増えている」
セドリックは静かに続ける。
「これ以上広がる前に、備えておく必要があります」
「その備えが、召喚ですか」
「選択肢の一つです」
「一度失敗しているんですよ」
ノアは書類を机に戻した。
「術式は途中まで正常だった。それなのに、最後の瞬間だけ別の人間を引き寄せた。私は今、それを調べています」
「知っています」
「でしたら、もう少しだけ待ってください」
セドリックはノアを見る。
「いつまでですか?」
「それは……」
「明日?」
「いえ」
「一週間?」
ノアは答えられなかった。
「一か月?」
「……そこまでは」
「では、いつ結果が出ますか?」
沈黙したノアに、セドリックは淡々と言った。
「こちらには、待てる期限があります」
「人を一人、別の世界から連れてくるんですよ」
思わず声が強くなる。
「しかも、帰す方法すら分かっていない。それを、期限があるからで済ませるおつもりですか」
セドリックの目がわずかに細くなった。
「ノア殿」
「……失礼いたしました」
ノアは頭を下げる。
それでも、視線は逸らさなかった。
「ですが、私は反対です」
「あなたが慎重になる理由は理解しています」
セドリックは一枚の書類をノアの前へ滑らせた。
「ですが、こちらにも守るべきものがある」
そこには、被害に遭った村の名と人数が並んでいた。
ノアは何も言えなかった。
「それに、今回は対象が分かっています」
さらに一枚。
そこに記された名前を見て、ノアの顔から表情が消えた。
穂積湊。
「……日和さんの弟」
「ええ。本来、我々が召喚するはずだった人物です」
「まさか」
嫌な予感が形になる。
「今度は、この人を?」
「そのための準備を始めています」
「もう?」
ノアが立ち上がった。
「待ってください。だから、今はまだ――」
「待っていますよ」
「どこがですか」
敬語のまま、声だけが鋭くなる。
セドリックは少しも動じなかった。
「今すぐ行うとは言っていません」
「では、いつですか」
「準備が整い次第です」
ノアの表情が固まった。
「……私の調査結果は?」
「それまでに出れば、もちろん確認します」
「出なければ?」
「予定通り行います」
あまりにも簡単に言われ、ノアは言葉を失った。
「セドリック様」
「すでに被害が出ています」
「分かっています。ですが――」
「ならば、あなたも急いでください」
静かな声だった。
「召喚を止めたいのであれば、それだけの理由を準備が整うまでに見つければいい」
ノアは拳を握った。
「……随分、勝手なことをおっしゃいますね」
「そうかもしれません」
否定すらしない。
「ですが、何もしないまま被害が広がったとき、その責任を負うのは我々です」
ノアはしばらくセドリックを睨んでいた。
やがて、小さく息を吐く。
「……承知しました」
「お願いします」
「ただし」
ノアは書類を手に取った。
「私は最後まで調べます」
「もちろんです」
「結果次第では、召喚の中止を求めます」
「そのときは、結果を見て判断しましょう」
結局、一歩も引かなかった。
ノアは一礼し、部屋を出た。
「……最悪だ」
思わず漏れた。
時間がない。
今まで術式ばかりを調べてきた。
けれど、それだけでは分からなかった。
最後の瞬間。
本来の対象から外れ、日和へと術式が引かれた理由。
ならば、術式ではなく、本人に聞くしかない。
召喚されたあの日。
あの瞬間、日和がどこで、何をしていたのか。
ノアは歩く速度を上げた。
準備が整うまでに、答えを見つける。
そのためには――
もう一度、日和に会わなければならない。




