第47話 閉店後のお客さん
最後の客を見送り、片づけを終えた頃には、外はすっかり暗くなっていた。
日和は戸締まりをして、店の外へ出る。
「……エリオさん?」
少し離れたところに、見覚えのある男が立っていた。
「ああ、日和さん」
「どうしたんですか?」
「店に来てみたんですが」
エリオが宵日和を見る。
「もしかして、食べに来てくれたんですか?」
「はい。少し遅かったようですね」
「すみません。もう閉めちゃいました」
「いえ。また来ます」
日和が帰るところだと話すと、エリオも同じ方向だからと一緒に歩くことになった。
夜の通りは静かだった。
「お店を始めて、どれくらいになるんですか?」
「3週間くらいです」
「順調ですか?」
「最初の1週間は、本当に誰も来なかったんですよ」
日和は思い出して笑った。
「毎日、今日こそはって待って。扉が開いたと思ったら、覗いただけで帰られたり」
「それはつらいですね」
「結構へこみました」
「そうだったんですか?」
「へこみますよ、私だって」
エリオが少し笑った。
「でも、今は少しずつ来てもらえるようになりました。忙しい日は疲れるし、仕込みも片づけも全部一人なので大変ですけど」
日和は少し考える。
「……結構好きなんですよね。この生活」
「そうですか」
「全部、自分で決めたことなので」
自分で店を借りて、自分で料理を決めて、自分で働く。
思っていたより大変で、思っていたより楽しい。
「前に、お世話になってた人がいるんです」
「お世話になっていた人?」
「はい。こっちに来て、行くところがなかった私を助けてくれた人で」
日和は歩きながら、少し笑った。
「最初は怖い人だと思ってたんですけど」
「怖い?」
「顔が」
エリオが黙った。
「あと、あんまり喋らないし。説明も足りないし。何を考えてるのか全然分からないし」
「……ずいぶんな言われようですね」
「本人にも似たようなこと言いました」
「本人に?」
「はい」
エリオが少しだけ遠い目をした。
「でも、本当はいい人なんです」
日和の声が、少し柔らかくなる。
「私が店をやりたいって言ったときも、色々助けてくれて」
「その方には、感謝しているんですね」
「もちろんです」
日和はすぐに答えた。
しばらく歩く。
「最近、会ってないんですけどね」
店を始めてから、毎日やることがあった。
仕入れをして、仕込みをして、客を待って。
気づけば3週間が経っていた。
「元気にしてるかな」
ぽつりと口から出た。
「……気になりますか?」
「まあ、少し」
日和は笑う。
「こっちに来てから、ずっとお世話になってた人なので」
エリオは何も言わなかった。
「それに」
「それに?」
「また料理を食べてもらいたいんです」
「……そうですか」
「店ができたら、今度はちゃんとお客さんとして来てくださいって約束したので」
日和は少し笑った。
「まだ来てくれてないですけど」
「忙しい方なのでは?」
「そうなんです。だから仕方ないんですけどね」
「……そのうち来ると思いますよ」
「だといいんですけど」
日和は前を向いた。
「エリオさんも来てくださいね」
「僕も?」
「食べに来るって言ってたじゃないですか」
「ええ。もちろん」
「何が好きですか?」
「そうですね……」
エリオが考え始めた、そのときだった。
「あれ?」
前から歩いてきた男が、こちらを見て足を止めた。
「ルカさん?」
「やっぱり日和だ」
ルカが笑って近づいてくる。
そして、日和の隣にいるエリオに気づいた。
「……そちらは?」
日和は二人を交互に見る。
エリオも、ルカを見ていた。




