第46話 2皿目 親子丼
炊きたての穀物の上に、鶏肉と卵を滑らせる。
最後に刻んだ香草を少し散らして、日和は器をオスカーの前へ置いた。
「お待たせしました。親子丼です」
「これが親子丼ですか」
湯気と一緒に、出汁と火玉の甘い香りが立ち上る。
オスカーは匙ですくい、口へ運んだ。
柔らかな卵の下から、出汁を吸った穀物が現れる。
鶏肉はふっくらと柔らかい。火玉の甘みと森茸の旨みが染みた出汁を卵が包み、それが穀物にまで染み込んでいる。
「……これは、おいしいですね」
「よかった」
オスカーはもう一口食べる。
今度は、少し固まった卵と、とろりと柔らかな部分を一緒に。
「先ほど、卵を二度に分けて入れていましたね」
「はい。その方が食感が残るので」
「すべて同じように仕上げる必要はない、と」
日和は首を傾げた。
「料理の話ですよね?」
「ええ、もちろん」
オスカーが笑う。
けれど、そのまま少し考え込んだ。
「部下も同じなのかもしれませんね」
「同じ?」
「任せても大丈夫な者と、まだ少し手助けが必要な者。失敗して覚える者もいれば、先に教えた方がいい者もいる」
オスカーは匙を置いた。
「私は、全員に失敗させないことばかり考えていたようです」
「オスカーさん、心配性なんですね」
「……そう見えますか?」
「ちょっとだけ」
意外そうな顔をしたので、日和は笑った。
「でも、任せるって、何もしないことじゃないと思いますよ」
「と、言いますと?」
「困ったときに助けられるように見ておくのも、任せるうちに入るんじゃないですか?」
オスカーが目を瞬いた。
日和は自分で言ってから、少し考える。
「たぶんですけど」
「最後に急に自信をなくされましたね」
「部下を持ったことないので」
オスカーが小さく笑った。
「ですが、参考になりました」
再び匙を取り、残っていた親子丼を食べる。
やがて器はきれいに空になった。
「ごちそうさまでした」
「ありがとうございました」
「次に休みが取れたときも、伺ってよろしいですか?」
「もちろんです」
オスカーは代金を置き、立ち上がった。
「では、また」
「はい。お仕事頑張ってください」
「日和様も」
扉が閉まる。
久しぶりに日和の料理を食べられた。
部下への接し方についても、少し試してみたいことができた。
悪くない休日だった。
オスカーが通りへ出て、数歩歩いたところで。
ふと、視線を感じ、振り返る。
少し離れたところに、一人の男が立っていた。
栗色の髪に、淡い緑色の目。
見覚えのない男――のはずだった。
その男は宵日和の方を見ている。
オスカーの足が止まり、男もこちらに気づく。
二人の視線が合った。
「……」
「……」
ほんの数秒。
先に微笑んだのは、オスカーだった。
「こんにちは」
男がわずかに間を置く。
「……こんにちは」
オスカーは男の顔を静かに眺めた。
髪も違う、目の色も違う。
顔立ちも、印象も違う。
それでも。
「こちらのお店に?」
「……ええ。少し気になって」
「そうですか」
オスカーはにこやかに頷いた。
それ以上は聞かず、男の横を通り過ぎる。
そして、すれ違いざま。
「ほどほどになさった方がよろしいかと」
男の足が止まった。
「……何のことでしょう」
「さあ」
オスカーは振り返らずに答えた。
「独り言でございます」
そのまま歩いていく。
背後から返事はなかった。
オスカーは小さく笑った。
どうやら今日は、思っていた以上に有意義な休日だったらしい。




