第45話 任せるのも難しいそうです
「今日は何を作っていただけるのでしょう」
カウンター越しに、オスカーが厨房を覗く。
「親子丼にします」
「おやこ……?」
「親と子です」
オスカーが不思議そうな顔をした。
「ずいぶん意味深な名前ですね」
「材料を見れば分かりますよ」
日和は鶏肉を一口大に切り、火玉を薄く切った。
小鍋には森茸で取った出汁を入れる。そこへ塩と少量の酢、すりおろした火玉を加え、少し煮詰めて味を整えた。
醤油もみりんもない。
元の世界の親子丼とは違うけれど、出汁の旨みと火玉の甘みがあれば、それらしい味にはできる。
「鶏肉ですね」
「はい」
日和は鍋に火玉を広げ、その上に鶏肉を並べた。
出汁を注ぐ。
ふつふつと煮立ち始めると、火玉の甘い香りと鶏の脂が出汁に混ざっていく。
「それで、子は?」
「もう少し待ってください」
日和は卵を二つ取り出した。
「ああ」
オスカーが納得したように頷く。
「鶏と卵で、親子なのですね」
「正解です」
「なるほど。面白い名前です」
卵を器に割り入れ、箸で軽くほぐす。
混ぜすぎない。
白身が少し残るくらいで止める。
「日和様は、料理を作るときによく考えていらっしゃいますね」
「そうですか?」
「ええ。切り方も、火の入れ方も。何となくしているようには見えません」
「失敗したくないので」
「なるほど」
オスカーが小さく笑った。
「私とは逆かもしれません」
「逆?」
日和は鍋を見ながら聞き返す。
しばらくして、オスカーが口を開いた。
「最近、若い使用人に言われたのです。もう少し自分に任せてほしい、と」
「オスカーさんが?」
「ええ」
意外だった。
オスカーは部下の扱いも上手そうに見える。
「私はどうも、人に任せるのが苦手なようでして」
「全部自分でやっちゃうんですか?」
「そこまでではありません。ただ、失敗しそうだと気づくと、先に手を出してしまうのです」
「ああ……」
それなら、少し分かる気がする。
「失敗すれば、屋敷の仕事に影響が出ます。お客様にご迷惑をおかけすることもある。ですから、気づいたなら直すべきだと思っていたのですが」
オスカーは困ったように笑った。
「それでは、いつまで経っても自分でできるようにならない、と言われてしまいました」
「なるほど」
「任せるべきなのか。それとも、失敗すると分かっているなら止めるべきなのか」
日和はすぐには答えなかった。
鍋の中では、鶏肉にゆっくりと火が通っている。
「難しいですね」
「ええ。思っていた以上に」
日和は溶いた卵を半分だけ鍋へ回し入れた。
透明だった白身が、出汁の中でゆっくり白く変わっていく。
少し待ってから、残りの卵を加える。
「日和様?」
「はい?」
「なぜ二度に分けるのですか?」
「全部一緒に入れると、同じ固さになっちゃうので」
火が入ったところと、まだ柔らかいところ。
両方あった方がおいしい。
日和は火を弱め、蓋をした。
「……同じにしない方がいいこともあるんですよ」
口にしてから、日和は鍋を見る。
オスカーも何も言わなかった。
数秒待って、蓋を開ける。
ふわりと湯気が立ち上った。
「できました」
日和は炊きたての穀物を器によそった。
その上へ、まだ柔らかさの残る卵と鶏肉を、崩さないように滑らせていく。
オスカーが興味深そうにそれを見つめていた。




