第43話 お隣さんと立ち話
「ずいぶん遅かったんですね」
そう言われて、日和は廊下の窓から外を見た。
確かに、いつもより遅い。
「ちょっと話し込んじゃって」
「お店で?」
「はい。今日はルカさんが来てたので」
エリオが一度、瞬きをした。
「……ルカ?」
「仕入れでお世話になってる人です。ルカ・フェルナーさん」
「フェルナー……」
エリオは少し考えるような顔をした。
「有名な商会の?」
「知ってるんですか?」
「名前くらいは」
そう答えてから、エリオは何気ない調子で続けた。
「親しいんですね」
「そうですか?」
「名前で呼んでいるので」
日和は首を傾げる。
「今日からですよ」
「今日から?」
「今までフェルナーさんって呼んでたんですけど、やめませんかって言われて」
「向こうから?」
「はい。それで私もルカさんって。向こうも日和って呼ぶことになりました」
エリオが黙った。
「……そうですか」
「はい」
なぜか少しだけ返事が遅い。
「それで、何をそんなに話していたんですか?」
「仕事の話です」
「仕事?」
「はい」
日和はそれだけ答えた。
ルカが何に悩んでいたのかは言わない。
あれは、ルカが自分に話してくれたことだ。
勝手に誰かに話すことではないと思う。
エリオも、それ以上は聞かなかった。
「楽しかったんですか?」
「え?」
「ずいぶん遅くなるくらいですから」
「楽しかったというか……気づいたらこんな時間だっただけですよ」
「そうですか」
また、少しだけ間があった。
エリオは自分でもよく分からない引っかかりを覚えていた。
名前で呼び合うことも、店で話し込むことも、おかしなことではない。
それなのに。
「エリオさん?」
「はい?」
「どうかしました?」
「いえ、何も」
エリオはいつもの柔らかな笑みを浮かべた。
「それより、お店はどうですか?」
「少しずつお客さんが来てくれるようになりました」
日和の顔が明るくなる。
「ダリオさんがお客さんに紹介してくれたみたいで。まだ少ないですけど、前よりずっとお店らしくなってきました」
「それはよかった」
「はい」
エリオは少し考えてから、日和を見る。
「……僕も行ってみてもいいですか?」
「宵日和に?」
「はい。話を聞いていたら、食べてみたくなりました」
「もちろんですよ」
日和は笑った。
「いつでも来てください」
「では、近いうちに」
宵日和に、新しい客が一人増えることになった。




