第42話 自分の仕事
「俺がやってることって、本当に俺の仕事なのかなって」
そう言ったあと、ルカは追加の焼きおにぎりを食べ始めた。
日和は片づけをしながら、さっきの言葉を考える。
フェルナー商会の名前も、信用も、父親たちが築いたもの。
確かに、それはルカ自身が一から作ったものではない。
「でも」
日和はふと思った。
「私がフェルナーさんから野菜を買ってるのは、フェルナー商会だからじゃないですよ」
ルカが顔を上げた。
「最初は紹介してもらったからですけど。今もお願いしてるのは、ちゃんといいものを持ってきてくれるからです」
「……それは、商会が仕入れてるものがいいからでしょう」
「そうなんですか?」
日和は首を傾げた。
「この前の葉野菜、フェルナーさんが農家で見つけてきたって言ってませんでした?」
「あれは、まあ」
「卵も。私が料理に使いやすい大きさを選んでくれてますよね」
ルカが黙る。
「私はフェルナー商会のこと、まだよく知りません」
「それ、本人の前で言います?」
「すみません」
でも、と日和は続けた。
「フェルナーさんが持ってきてくれるものは信用してます」
ルカの目が、少しだけ大きくなる。
「だから、それはもうフェルナーさんの仕事なんじゃないですか?」
しばらく返事がなかった。
日和は何か変なことを言っただろうかと不安になる。
やがてルカが、小さく息を吐いた。
「……そっか」
それから、少し笑った。
「俺、商会の名前を使わないことばっかり考えてたかもしれない」
「使ったら駄目なんですか?」
「いや」
ルカは首を振った。
「使えるものは使えばいいですよね。その上で、自分で見つけた農家とか、自分で繋いだ店を増やしていけばいい」
声が少しずつ明るくなる。
「親父に話してみます。俺が担当する取引を、もっと自分で開拓したいって」
「いいと思います」
「断られるかもしれないけど」
「そのときは、そのとき考えましょう」
ルカが笑った。
「日和さんって、結構適当ですよね」
「失礼ですね」
「褒めてます」
「絶対違う」
二人で笑った。
ルカは最後の焼きおにぎりを食べ終え、空になった皿を見る。
「ごちそうさまでした」
「はい。ありがとうございます」
「……あの、日和さん」
「はい?」
「フェルナーさんって、やめません?」
日和は目を瞬いた。
「じゃあ、なんて呼べば?」
「ルカで」
あまりにも普通に言うので、日和も普通に頷いた。
「分かりました。ルカさん」
名前を呼ばれたルカが、少しだけ黙った。
「……はい」
「?」
「いや。なんかいいなと思って」
何がだろう。
日和が首を傾げていると、ルカが笑った。
「じゃあ俺も、日和って呼んでいいですか?」
「別にいいですよ」
「即答ですね」
「名前ですから」
「そうなんですけど」
なぜかルカはまた笑っている。
「じゃあ、日和」
「はい」
今度はルカの方が少し照れたように視線を逸らした。
日和には、やっぱり理由が分からなかった。
*
話し込んでしまい、店を閉めた頃にはいつもより遅くなっていた。
日和は戸締まりを済ませ、家へ向かう。
今日はルカの話を聞いただけだった。
何か特別なことを言ったつもりはない。
それでも、帰るときのルカの顔は、来たときより少し明るかった。
それならよかったと思う。
「……私も頑張らないとな」
宵日和だって、まだ始まったばかりだ。
そんなことを考えながら家へ着き、二階への階段を上がる。
自分の部屋の前まで来たところで、日和は足を止めた。
隣の扉の前に、人が立っている。
栗色の髪。
淡い緑色の目。
向こうも日和に気づいた。
「……こんばんは」
「こんばんは、エリオさん」
隣人のエリオだった。
彼は日和を見て、それから夜の暗い廊下へ一度視線を向けた。
「ずいぶん遅かったんですね」
日和は目を瞬いた。




