第4話 役立たずなので、出ていけと言われました
翌朝、日和は王宮の一室へ呼び出された。
案内された部屋には長いテーブルがあり、その向こう側に数人の男たちが座っている。昨日の検査で見かけた顔もあれば、初めて見る顔もあった。
ノアもいる。
ただし、今日は日和の隣ではなく、少し離れた場所に立っていた。
どう見ても楽しい話をする雰囲気ではない。
「お掛けください」
中央に座る男に促され、日和は椅子に腰掛けた。
年齢は50代半ばくらいだろうか。白髪の混じった髪をきれいに撫でつけ、上質そうな服を身につけている。柔らかな物腰なのに、妙な圧があった。
「私はセドリック・ヴァレンタイン。この国で宰相を務めております」
「穂積日和です」
「存じております。この度の召喚については、こちらの不手際により多大なご迷惑をおかけしました」
セドリックはそう言って頭を下げた。
思っていたより、ちゃんと謝る人らしい。
「それで、私の今後についてお話があると聞いたんですが」
「はい」
セドリックの前に置かれた紙へ視線が落ちる。
「昨日行った検査の結果、日和殿には勇者としての適性が確認されませんでした。魔力量、身体能力ともに一般的な範囲であり、特別な加護や固有能力も確認されておりません」
「それは昨日聞きました」
「であれば、話は早い」
セドリックは淡々と続ける。
「残念ながら、あなたを勇者として迎えることはできません」
「……はい」
そこは仕方がない。
日和自身、勇者になりたいわけではない。むしろ剣を持って戦争へ行けと言われるより、ずっとありがたい。
問題は、その先だった。
「そこで、今後についてですが。王宮での滞在は本日までとさせていただきます」
「…………はい?」
思わず聞き返した。
「本日まで?」
「はい」
「今日、出ていくってことですか?」
「そのようになります」
あまりにさらりと言われて、一瞬理解が追いつかなかった。
「ちょっと待ってください」
「何でしょう」
「私、昨日この世界に来たばかりなんですけど」
「承知しております」
「文字も読めません」
「当面の生活に必要な金銭はこちらで用意いたします。また、数日間滞在できる宿も手配しましょう」
「その後は?」
「ご自身で生活していただくことになります」
日和は黙った。
数日分の宿。
少しのお金。
それで、あとは自分で生きていけということらしい。
「……確認してもいいですか?」
「どうぞ」
「私がここに来たのって、そちらの召喚が失敗したからですよね」
「結果としては、そうなります」
「私は来たいって言ってませんよね」
「もちろんです」
「帰る方法もない」
「現時点では」
「この世界の文字も読めない。お金の価値も、法律も、仕事の探し方も分からない」
「その点については、宿泊期間中に最低限の説明を受けられるよう手配いたします」
なるほど。
日和はようやく理解した。
この人たちにとって、自分は召喚に失敗して出てきたものなのだ。
本当なら弟が来るはずだった。
勇者として戦える人間が。
けれど出てきたのは、何の力もない29歳の女。
使い道がない。
だから、これ以上面倒を見る理由もない。
理屈としては分からなくもない。
でも。
「それって、事故を起こした側が言うことですか?」
部屋の空気が止まった。
ノアがこちらを見る。
セドリックの表情は変わらない。
「事故、ですか」
「そちらにとっては召喚の失敗かもしれませんけど、私にとっては人生なので」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
怒鳴るつもりはない。
泣くつもりもない。
ただ、納得できないだけだ。
「勝手に連れてこられて、帰れません。あなたには何の力もありません。だから数日分のお金を渡すので、あとは自分でどうにかしてください」
日和は首を傾げた。
「それ、普通に考えて結構ひどくないですか?」
誰も答えなかった。
しばらくして、セドリックが静かに口を開く。
「お気持ちは理解いたします」
「たぶん理解してないと思います」
ノアが小さく咳き込んだ。
セドリックの眉がわずかに動く。
「しかし、国にも事情があります。現在は戦時下です。勇者として召喚された方であれば、当然ながら国が責任を持って保護します。しかし、あなたにはその力がない」
「役に立たない人間に使うお金はないってことですか?」
「そこまで申し上げているわけではありません」
「だいたい同じだと思いますけど」
また空気が重くなる。
日和は小さく息を吐いた。
喧嘩をしたいわけではない。
ここで怒ったところで、帰れるわけでもない。
「分かりました」
「日和様?」
ノアが声を上げる。
「出ていけって言うなら出ていきます。ずっとここに置いてもらおうとも思ってませんし」
日和はセドリックを見る。
「ただ、もう少しだけ時間をください。文字を覚えて、仕事を探せるくらいになるまで」
「それは――」
「勝手に連れてきておいて、役に立たないから捨てるのか」
低い声が響いた。




