↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/120

第3話 勇者の力はありません


しばらくして日和の前に運ばれてきたのは、硬そうなパンと湯気の立つスープだった。


「ありがとうございます」


「いえ。本来であれば、もっときちんとしたものをご用意するべきなのですが……」


ノアが申し訳なさそうに言う。


「食べられるなら何でもいいです」


空腹には勝てない。日和はまずパンを手に取ったが、想像以上に硬かった。少し力を入れてちぎり、口に運ぶ。


「…………」


食べられないことはない。ただ、水分が欲しくなる。


日和はすぐにスープへ手を伸ばした。中に入っているのは、玉ねぎによく似た野菜と、芋らしきもの。それから小さく切られた肉が少し。


匙ですくって口に運ぶ。


「…………」


薄い。


まずくはない。塩味もあるし、野菜にもちゃんと火が通っている。でも、何か足りない。


肉の旨味がほとんどスープに出ていないし、野菜の甘みも弱い。玉ねぎに似た野菜を最初に炒めたら、もう少し甘みが出るんじゃないだろうか。肉も先に焼いて、焼き色をつけてから煮込む。香草があるなら少し入れてもいい。


そこまで考えて、日和の手が止まった。


「……なんで分かるんだろう」


「何がですか?」


向かいに座っていたノアが首を傾げる。


「いえ、なんでもないです」


日和はもう1度スープを口に運んだ。やっぱり薄い。


自分が昨日まで何をしていたのかは思い出せない。仕事も、住んでいた場所も、昨日の夕食すら分からない。


なのに、料理のことは分かる。


玉ねぎを炒めれば甘くなる。肉は部位によって火の入れ方を変える。魚なら種類を見て、焼くか煮るかを考える。


昆布、鰹節、煮干し、干し椎茸。それぞれの出汁の取り方も分かる。米を炊くときの水加減も、包丁の持ち方も、魚の捌き方も、卵焼きをきれいに巻くコツまで覚えている。


記憶がなくなったというより、ところどころ抜け落ちている。そんな感じだ。


「召喚って、記憶がなくなることもあるんですか?」


「記憶が?」


ノアの表情が変わった。


「何か思い出せないことがあるのですか?」


「最近のことが、あんまり」


「最近?」


「昨日何をしてたとか、どこに住んでたとか。仕事とか」


ノアが黙り込む。


「やっぱり変ですか?」


「……少なくとも、召喚術に記憶を消すような作用はないはずです」


「そうなんですか」


それは困った。召喚のせいだと思っていたのに。


「身体に異常がないかも含めて、調べた方がいいかもしれません」


「お願いします」


日和は頷き、またスープを飲んだ。考えても分からないものは仕方がない。今は食べよう。冷めるともったいない。


それにしても。


「もうちょっと煮込んだら、おいしいのにな」


「え?」


「なんでもないです」



食事を終えた日和は、別の部屋へ連れていかれた。


中央には大きな水晶が置かれ、周囲には先ほどの召喚室で見かけた黒いローブの魔術師たちが数人いる。


「今から何をするんですか?」


「日和様の適性を確認します」


ノアが水晶の横に立つ。


「適性?」


「異世界から召喚された方には、こちらの人間にはない特殊な力が宿ることがあります。強力な魔力や身体能力、あるいは固有の加護などです」


ようやく勇者らしい話になってきた。


「本来召喚する予定だった湊様にも、何らかの力が宿ると予測されていました」


「弟に?」


「召喚対象を選定するための術式があります。湊様は極めて高い適性を示していました」


「へえ」


知らなかった。元の世界では、ごく普通の弟だった。少なくとも、魔王を倒せそうな雰囲気はなかったと思う。


「では、こちらへ手を」


言われた通り、日和は水晶に手を置いた。ひんやりしている。


「そのままで」


ノアたちが水晶を見つめる。日和も見つめる。


「…………」


何も起きない。


しばらく待っても、水晶は透明なままだった。やがて魔術師の1人が首を傾げ、別の魔術師も何かを確認し始める。ノアの眉間には少しずつ皺が寄っていった。


嫌な予感がする。


「……何か問題でも?」


「いえ。念のため、もう1度」


もう1度試した。


結果は同じだった。



その後も検査は続いた。


魔力量。特別な属性。身体能力。剣の適性。加護。


日和は言われるままに手をかざし、歩き、物を持ち上げ、最後には剣まで握らされた。


「これ、振るんですか?」


「できそうですか?」


「無理だと思います」


「1度だけお願いします」


仕方なく持ち上げる。


「よっ……」


重い。


なんとか振り下ろしたものの、完全に剣に振り回されていた。近くにいた兵士がそっと目を逸らす。


「今、目逸らしましたよね?」


「いえ」


「逸らしましたよね?」


「……申し訳ありません」


正直な人だった。


日和は静かに剣を返した。



すべての検査が終わった頃には、日和はすっかり疲れていた。


椅子に座って結果を待っていると、少し離れたところでノアたちが小声で話し合っている。時々こちらを見ては、また話す。


非常に居心地が悪い。


やがてノアが戻ってきた。その顔を見て、日和はだいたい察した。


「悪かったんですね」


「……はい」


「どのくらい?」


ノアが答えに詰まる。


「普通よりちょっと弱いとか?」


「いえ」


「じゃあ、魔法は使えるけど大したことないとか」


「その……」


「はっきり言ってもらって大丈夫ですよ」


ノアは少し迷ってから、口を開いた。


「魔力量は、この世界の一般的な成人とほぼ同程度です」


「普通なんですね」


「はい」


「剣は?」


「適性は確認できませんでした」


「まあ、さっきので分かります。加護は?」


「ありません」


「特殊能力は?」


「確認できませんでした」


「身体能力」


「一般的です」


「…………」


日和は頭の中で整理する。


魔法、普通。剣、使えない。加護、なし。特殊能力、なし。身体能力、普通。


「つまり」


日和はノアを見る。


「普通の人?」


「……はい」


異世界から勇者を召喚したら、その姉が来た。


しかも、その姉には何の特殊能力もなかった。


「ちなみに料理は?」


「料理?」


「適性検査」


「……そのようなものはありません」


「ですよね」


知っていた。


ノアは何とも言えない表情をしている。


「申し訳ありません」


「ノアさんが謝ることじゃないでしょう」


「ですが、私は召喚に参加した術者の1人です」


「じゃあ、間違えて呼んだことについては謝ってください」


「……申し訳ありません」


「はい」


そこはきっちり謝ってもらう。


勇者でもない。魔法使いでもない。剣士でもない。特別な力もない。


あるのは、なぜかはっきり覚えている料理の知識くらい。それがこの世界で何の役に立つのかは分からない。


「それで」


日和はノアを見る。


「普通の人だった私は、これからどうなるんですか?」


ノアの表情が曇った。


まただ。この顔。


「……その件について、明日お話があります」


「いい話ですか?」


「…………」


「なんで黙るんですか」


どうやら、いい話ではないらしい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。