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第32話 なんだか不機嫌です


「……ずいぶん遅かったな」


エリアスに言われ、日和は廊下の窓へ目を向けた。


外はまだ完全には暗くなっていない。


「暗くなる前には戻りましたよ」


「ぎりぎりだ」


「間に合ったならいいじゃないですか」


「何をしていた」


「町を見ながら帰ってたんです。途中で知り合いに会って、少し話し込んじゃって」


「知り合い?」


「仕入れ先のフェルナーさんです」


エリアスの眉が僅かに動いた。


「ルカ・フェルナーか」


「知ってるんですか?」


「直接の面識はほとんどない。フェルナー商会は北部でも有数の商家だ」


「……そうなんですか?」


知らなかった。


日和にとっては、野菜や卵の仕入れについて相談している気さくな人である。


「そんな大きいところの人だったんだ」


「フェルナー家の次男だ。兄が本部を継ぐ予定で、本人はこの辺りの取引を任されている」


「詳しいですね」


「領内の有力商家くらい把握している」


さすが領主である。


「それで話し込んでいたのか」


「はい。店の近くに住んでるらしくて、いろいろ教えてもらってました」


「近く?」


「ご近所さんになるみたいです」


エリアスが黙った。


「安く薪を買えるところとか、食器を買い足すならどこがいいとか。今度、場所も教えてくれるって」


「……そうか」


返事が妙に低い。


日和はエリアスを見る。


「どうしました?」


「何がだ」


「なんか不機嫌じゃないですか?」


「別に」


いつもの答えだった。


「フェルナーさん、何か問題ある人なんですか?」


「いや。商売も本人も、特に問題は聞いていない」


「じゃあよかった」


仕入れ先として問題があるのかと思った。


日和はほっとする。


「町のことも詳しいし、近所ならいろいろ聞けそうです」


「……そうだな」


やっぱり声が低い。


けれど、問題がないと言うのなら気にする必要もないだろう。


「じゃあ、私着替えるので」


「ああ」


日和は自室の扉を開ける。


「今日はありがとうございました。おやすみなさい」


「日和」


「はい?」


呼び止められて振り返る。


エリアスは何か言いかけて、少し黙った。


「……いや。何でもない」


「そうですか?」


「ああ」


よく分からない。


「おやすみなさい」


日和は部屋へ入り、扉を閉めた。


廊下に残ったエリアスは、しばらくその扉を見ていた。


フェルナー商会に問題はない。


ルカ・フェルナーにも悪い噂はない。


仕入れ先としても申し分ない。


それなのに。


「……気に入らんな」


理由は、自分でも分からなかった。

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