↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
28/118

第28話 侯爵様が視察に来るそうです


店を借りてから、半月が経った。


日和はほとんど毎日のように店へ通っていた。


掃除はようやく終わり、残されていた鍋や食器も一通り使える状態になった。商業組合での手続きも進み、仕入れ先も少しずつ決まってきている。


最初は扱いにくかった竈にも、だいぶ慣れた。


文字の勉強も続けている。相変わらず読むのは遅いが、簡単な買い物や数字の確認くらいなら、一人でもなんとかできるようになった。


そして、もう一つ。


住む場所も決まった。


店から歩いて数分。小さな建物の2階にある、一人で暮らすには十分な部屋だ。


広くはないが、日当たりも悪くない。周囲の治安についてもオスカーに確認してもらった。


このままいけば、予定通りあと半月ほどで侯爵邸を出られそうだった。


その日の夕方。


屋敷へ戻った日和は、廊下でエリアスと出くわした。


「おかえり」


「あ、ただいま戻りました」


すれ違うのかと思ったが、エリアスは足を止めた。


「住む場所が決まったそうだな」


日和も立ち止まる。


「……早いですね」


「何がだ」


「情報が」


今日決まったばかりである。


「オスカーから聞いた」


「なるほど」


やっぱりオスカーだった。


別に隠すつもりはなかったので構わない。


「店から歩いてすぐなんです。部屋も見てきました」


「そうか」


エリアスはそれだけ言うと、なぜか黙った。


日和も次の言葉を待つ。


「……?」


「明日、見に行く」


「何をですか?」


「店と住居だ」


「なんで?」


思わず聞き返した。


「確認する」


「何を?」


「安全かどうかだ」


「お店はもう半月通ってますけど」


「まだ私は見ていない」


「侯爵様が見る必要あります?」


「ある」


即答だった。


なぜだ。


「住むところも、オスカーさんに相談しましたよ」


「それは聞いている」


「周りも危なくないって」


「それも聞いた」


「じゃあ大丈夫じゃないですか」


「私が確認する」


日和はエリアスを見つめた。


どうやら、この人の中では自分で見ることが重要らしい。


「……侯爵様、暇なんですか?」


「暇に見えるか?」


「見えません」


むしろ、いつ見ても仕事をしている。


「じゃあ、なんでわざわざ」


「必要だからだ」


またそれである。


日和にはいまいち分からないが、自分を北部へ連れてきた以上、エリアスなりに責任があるのだろう。


真面目な人だ。


少し真面目すぎる気もする。


「店はいいです」


「何?」


「お店なら見に来てもらって大丈夫です。まだ開店前ですけど」


「住居も見る」


「嫌です」


「なぜだ」


「これから私が住む部屋だからです」


「だから確認する」


「だから嫌なんです」


日和は眉を寄せた。


このままでは話が噛み合わない。


「私、自分で生活してみたいって言いましたよね」


「ああ」


「店も自分で決めました。住むところも、自分で見て決めました」


「だが、君はまだこの国に来て1か月半だ」


「だからです」


知らないことは、まだたくさんある。


この国の常識も、文字も、暮らし方も、完全に身についたわけではない。


だからこそ、自分でやってみたい。


「分からないことがあったら聞きます。でも、全部確認してもらってからじゃないと何もできないなら、いつまで経っても一人で暮らせないです」


エリアスが黙った。


日和はふと思い出す。


「それに」


「何だ」


「失敗するかどうかは、やる前には分からないって言ったの、侯爵様ですよ」


エリアスの眉間に皺が寄った。


「……そうだったな」


「なので、自分でやってみます」


しばらく沈黙が落ちる。


エリアスはどう見ても納得していない。


領内で何かあれば、自分の責任になるからだろうか。


日和一人の住居にまで気を配らなければならないとは、領主というのも大変な仕事だ。


少し考えて、日和は折れることにした。


「……店だけです」


「何?」


「店だけなら、見に来てもらっていいです」


「住居は」


「駄目です」


「外からなら」


「駄目です」


「周辺だけでも確認を――」


「侯爵様」


エリアスが黙った。


「店だけ」


念を押す。


しばらくして、エリアスが小さく息を吐いた。


「……分かった」


「ほんとに?」


「ああ」


「もう少し揉めるかと思ってました」


「君は私を何だと思っている」


日和は少し考えた。


「話が通じにくい人」


「……そうか」


少しだけ声が低くなった。


気のせいだろう。


「じゃあ、明日は店だけということで」


「ああ」


「約束ですよ」


「分かった」


これで話は終わった。


日和が自室へ戻ろうとすると、後ろから声が飛んできた。


「日和」


「はい?」


振り返る。


「何かあれば、すぐに言え」


「何かって?」


「何でもだ」


ずいぶん範囲が広い。


「分かりました」


とりあえず頷いておく。


エリアスはそれ以上何も言わなかった。


日和も再び歩き出す。


明日は、エリアスが店へ来る。


考えてみれば、オスカー以外にあの店をきちんと見せるのは初めてだった。


侯爵ともなれば、自分の領地に新しくできる店まで確認しなければならないらしい。


「領主って大変だなあ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。