↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
27/118

第27話 計算が合わない【ノアSide】


王立魔法研究院の一室で、ノアは机いっぱいに広げた紙を睨んでいた。


窓の外は、すでに暗い。

夕食の時間など、とっくに過ぎている。

もっとも、本人は気づいていなかった。


「……やっぱり、おかしい」


机の中央に置かれているのは、約1か月前に行われた勇者召喚の記録だった。


本来、呼び出されるはずだったのは穂積湊。

22歳の男性。


召喚術式が示した条件にも合致していた。


魔力との適合性も高く、勇者として必要な資質を持つ可能性も十分にあった。


少なくとも、記録上は。


ところが実際に現れたのは、その姉だった。


穂積日和。29歳。


魔力への適性はほとんどない。勇者の加護もなければ、剣の才もない。


当初は単純な召喚事故だと考えられていた。

対象と近い血縁者を誤って引き寄せた。

それだけだ、と。


「そんなわけないんだよなあ」


ノアは椅子の背にもたれた。


召喚術式は、そこまで曖昧なものではない。

もちろん失敗はあり得る。


だが、弟を呼ぼうとして姉が来るような失敗なら、もっと早い段階で術式に乱れが出るはずだった。


今回の記録には、それがない。

途中までは正常だった。

術式は間違いなく湊を捉えている。


問題は、その後だ。


召喚が成立する直前。

ほんの一瞬だけ、記録に不自然な揺らぎがある。


「ここなんだよね」


ノアはその部分を指でなぞった。


何度計算し直しても同じだった。

術式が対象を見失ったわけではない。

別の何かに引かれた。そんな動きに見える。


「……なんで?」


返事をする者はいない。


ノアは別の紙を引き寄せ、もう一度術式を書き始めた。


対象との血縁。

距離。

魔力適性。

魂の性質。


考えられる条件を一つずつ当てはめていく。


だが、どれも日和が選ばれた理由にはならない。


むしろ調べれば調べるほど、彼女が召喚されたことの方が不自然だった。


「君じゃないはずだったんだけどな」


ノアは小さく呟いた。


召喚されたばかりの日和を思い出す。


混乱していたはずなのに、彼女はひどく静かだった。


帰る方法がないと告げたときも、取り乱さなかった。


ただ少し困ったように笑っていた。


――分かりました。


そう言った彼女の顔を、ノアは今でも覚えている。


分かるはずがない。


突然知らない世界へ連れてこられて、帰れないと言われたのだ。

それなのに、自分は彼女へ何もしてやれなかった。


だからせめて、調べると約束した。

元の世界へ戻る方法を。


そのためには、まず召喚がどうして起きたのかを知らなければならない。


ノアは再び記録へ目を落とす。


術式は湊を捉えていた。

そこまでは間違いない。

それが召喚の直前、日和へと変わった。


ならば。


「術式が間違えたんじゃないとしたら……」


ノアは呟き、手を止めた。


こちら側ではない。

召喚術式にも、大きな異常はなかった。

だとすれば。


「向こう側で、何かあった?」


その瞬間の日和に。

術式が、本来の対象を手放してまで引き寄せるような何かが。


ノアはしばらく動かなかった。


やがて、机の端に積んでいた資料へ手を伸ばす。


過去の召喚記録。

異世界との接続に関する研究。

魂と魔力の干渉についての論文。


調べるものが、また増えた。


「……今日は寝られないな」


そう呟いたところで、ふと時計を見る。


ノアは固まった。


「今日も、か」


最後にまともに眠ったのがいつだったか思い出せない。


ついでに、夕食を食べていないことにも気づいた。


日和なら、きっと何か言うだろう。


――お腹が空いていると、ろくなことを考えない。


そんな声が聞こえた気がして、ノアは小さく笑った。


「……確かに」


まず何か食べよう。


調べるのは、それからでも遅くない。


ノアは立ち上がる。


その手には、召喚記録の写しが握られたままだった。


まだ答えは分からない。

ただ、一つだけ確かなことがある。


穂積日和が召喚されたのは、単なる人違いではない。


あの日。


あの瞬間。


彼女の側にも、何かがあったのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。