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弟と間違えて召喚されたので、異世界で小料理屋をはじめます~小料理屋《宵日和》~  作者: HaKo
第3章 異世界で店を持つことになったようです
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第24話 最初のお客さん


店の中を一通り確認したところで、日和はオスカーの顔を見た。


「オスカーさん」


「はい」


「疲れてます?」


突然の問いに、オスカーが目を瞬いた。


「どうしてそのようなことを?」


「なんとなく。いつもより顔色がよくない気がして」


「日和様にご心配いただくほどではございませんよ」


「そういう言い方する人が一番怪しいんですよ」


日和はじっとオスカーを見る。


王宮を出てから、オスカーにはずっと世話になっている。


身の回りのことだけではない。文字を教えてもらい、市場へ連れていってもらい、この店を探すのにも付き合ってもらった。


考えてみれば、自分が来てから確実に仕事を増やしている気がする。


「……もしかして、私のせいですか?」


「何がでしょう」


「疲れてるの」


オスカーは少し考えた。


「半分ほどは」


「半分も?」


思ったより多かった。


「すみません」


「冗談でございます」


「今の間で言われても信用できません」


オスカーが笑う。


少なくとも倒れそうなほど疲れているわけではなさそうだが、いつもより少し疲れて見えるのは確かだった。


日和は店の奥にある厨房へ目を向けた。


「よし」


「何がでしょう」


「ごはんにしましょう」


「今からですか?」


「はい」


「まだ掃除も終わっておりませんが」


「厨房は使えるところまできれいにしました。竈も確認したいですし」


それに、と日和は続ける。


「今日はオスカーさんがお客さんです」


「私が?」


「記念すべき1人目です」


「まだ開店しておりませんよ」


「練習です」


日和はそう言って店を出た。


近くの市場で選んだのは、朝に獲れたという川魚だった。


白身で癖が少なく、焼いて食べることが多いらしい。


それから火玉と森茸、香草。汁物に使う葉物と卵も少し買う。


店へ戻ると、まず魚を下処理した。


「何を作られるのですか?」


カウンターの向こうからオスカーが尋ねる。


「まだ内緒です」


「私は見ていても?」


「どうぞ。今日は座っててください」


「落ち着きませんね」


「お客さんなんだから諦めてください」


日和は魚に軽く塩を振り、大きな葉の上に置いた。


薄く切った火玉と戻した森茸、香草を重ねる。少量の油を垂らして葉を閉じ、竈の上でじっくりと火を通していく。


もう一つの鍋には湯を沸かした。


火玉を薄く切って煮る。味を整え、最後に溶いた卵を細く流し入れた。


ふわりと卵が広がる。


「今日は軽めにします」


「私のために?」


「疲れてるときに重いもの食べたくないでしょう?」


「私は何でもいただきますよ」


「それ、侯爵様と同じこと言ってます」


「旦那様と一緒にされるのは光栄ですね」


「褒めてません」


葉の隙間から湯気が上がり始める。


香草と魚の匂いが、小さな厨房に広がった。


屋敷の厨房とは違う。


狭くて、道具の位置にもまだ慣れない。竈も思ったより火が強く、何度か薪を調整した。


けれど、嫌ではなかった。


日和はふと顔を上げる。


カウンターの向こうにはオスカーがいる。


「オスカーさん」


「はい」


「そこから、私の顔見えます?」


「よく見えますよ」


「私からも見えます」


当たり前のことを言ってから、日和は少し笑った。


やっぱり、この距離がいい。


料理を作りながら、食べる人の顔が見える。


昼に食堂を訪れたとき、自分がいいと思ったのもそこだった。


「お待たせしました」


日和は葉包みを皿にのせ、卵のスープと一緒にカウンターへ置いた。


葉を開くと、白身魚と火玉から湯気が立ち上る。


「川魚と火玉の包み焼きです。こっちは卵のスープ」


「おいしそうですね」


「ちゃんと食べてから言ってください」


オスカーが魚を一口食べる。


日和はカウンターの内側から、その顔を見る。


「……どうです?」


「おいしいですよ」


「ほんとですか?」


「ええ。魚が柔らかいですね」


「よかった」


火玉から出た水分と、葉の中に閉じ込めた蒸気のおかげだろう。


オスカーは続いてスープを口にした。


「こちらも優しい味ですね」


「今日はそのつもりで作りました」


「私の体調を考えて?」


「はい」


日和は少し考えてから付け足した。


「いつもお世話になってるので」


オスカーの手が止まった。


「私に?」


「他に誰がいるんですか」


「いえ……ありがとうございます」


「どういたしまして」


改まって礼を言われると、少し照れくさい。


日和は誤魔化すように厨房の道具を片づけ始めた。


しばらくして振り返ると、オスカーの皿はきれいに空になっていた。


「完食ですね」


「ごちそうさまでした」


「お粗末さまでした」


日和は満足して皿を受け取る。


この店で初めて、自分の料理を誰かが食べた。


まだ看板もないし、店の名前すら決まっていない。


それでも、少しだけ店らしくなった気がした。


「ここでやっていけたらいいな」


自然と口から出た。


「日和様なら大丈夫ですよ」


「侯爵様と違って優しいですね」


「旦那様も心配しておられるだけかと」


「昨日はやめておけって言われましたけど」


「……左様でございましたか」


オスカーが一瞬だけ何とも言えない顔をした。


「何です?」


「いえ、何も」


怪しい。


この屋敷の人たちは、たまにこういう顔をする。


日和はカウンターを拭きながら、ふと思い出した。


「そうだ。オスカーさん」


「はい」


「私、1か月後には侯爵邸を出ようと思ってます」


オスカーの動きが止まった。


「……旦那様には?」


「まだ言ってません」


「左様でございますか」


さっきまでより明らかに声が低い。


「反対されますかね」


「私からは何とも申し上げられません」


「その言い方、絶対されるやつですよね」


オスカーは答えなかった。


日和は店の中を見回す。


「店をやるって決めたので、生活の方も少しずつ自分でできるようになりたいんです」


「こちらで暮らし続けることに、問題はございませんよ」


「分かってます」


エリアスも、オスカーも、自分を追い出そうとはしないだろう。


それはもう分かっている。


「でも、自分で稼ぐって決めたのに、ずっと侯爵様の屋敷でお世話になってるのも変でしょう?」


「私はそうは思いませんが」


「私が気になるんです」


今すぐ出ていくつもりはない。


店の準備もあるし、この世界の生活にもまだ慣れていない。


だから1か月。


それまでは甘えさせてもらう。


「その間に住むところも探します」


「まだ決まっておられないのですか?」


「これからです」


オスカーが小さく息を吐いた。


「日和様」


「はい」


「もう少しゆっくり進まれてもよろしいのですよ」


日和は少し考えた。


店を借りた。


これから掃除をして、必要なものを揃えて、料理を考える。


商業組合への登録もある。


住む場所まで探すとなれば、確かにやることは多い。


それでも。


「今は、やることがある方が楽しいです」


口にしてから、日和は笑った。


「まあ、ちょっと多すぎる気もしますけど」


「私もそう思います」


「そこは否定してくれないんですね」


「事実でございますので」


誰かと同じことを言う。


日和は空になった皿を持ち上げた。


「とりあえず、今はこの店ですね」


「左様でございますね」


「また食べに来てください」


「もちろんです」


オスカーはいつもの穏やかな笑みを浮かべる。


「次は客として、代金をお支払いしましょう」


「あ、それは大事ですね」


2人で笑った。


まだ何も始まっていない。

それでも、この店で初めて誰かのために料理を作った。


最初のお客さんがオスカーでよかったと、日和は思った。


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