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第19話 夢を見るにもお金がいります


屋敷へ戻ってからも、日和の頭には昼に訪れた食堂のことが残っていた。


料理がおいしかったのはもちろんだが、それ以上に印象に残っているのは店の雰囲気だった。料理を運びながら客と言葉を交わすリリィ、厨房から聞こえる店主の声、食事をしながら笑う客たち。


大きくなくていい。料理を作る人と、食べる人の顔が見えるくらいの場所。


そんな店なら、自分にもできるだろうか。


「……考えるだけなら、ただだし」


日和は机に紙を広げた。


覚えたばかりの文字で、必要になりそうなものを書き出していく。


まずは店を借りるためのお金。鍋や包丁、食器などの道具に、食材の仕入れ先も必要になる。薪や水にも金がかかるだろうし、店を開けたからといってすぐに客が来るとも限らない。


しばらく売上がなくても生活できるくらいのお金は持っておきたい。


「……結構いるな」


問題は、それだけではない。


日本なら飲食店を始めるために必要な手続きや資格がある。この世界でも、好きな場所を借りて勝手に料理を出していいとは思えない。


それに物価も分からない。


「まず、そこからか」


考えていても答えは出ない。


日和は紙を持って部屋を出た。


オスカーを探して廊下を歩いていると、ちょうど向こうからエリアスがやってくる。


「侯爵様」


「なんだ」


「今、少し時間ありますか?」


「ない」


「じゃあ歩きながらでいいです」


「人の話を聞いていたか?」


聞いていた。


その上で聞いている。


日和はエリアスの隣を歩きながら、持っていた紙を見せた。


「この国で店を始めるには、何か許可がいりますか?」


エリアスが足を止めた。


「……急だな」


「昼に食堂を見たら、少し現実的に考えてみたくなって」


「昨日は、いつかできたらと言っていなかったか?」


「まだやるとは決めてませんよ。調べてるだけです」


エリアスは紙へ目を落とした。


「これは?」


「必要そうなものです。場所と道具と仕入れ先、それから開店までのお金と、しばらくの生活費」


「……随分考えたな」


「これくらい普通じゃないですか?」


「そうか」


その視線が紙の一番下で止まる。


「これは?」


「店、です」


「そうか」


「今、読めなかったですよね?」


「読めた」


「間がありました」


「気のせいだ」


どうやら字の勉強は、まだまだ必要らしい。


「それで、許可は?」


「営業の許可がいる。場所によっては商業組合への登録も必要だ」


「やっぱりあるんですね」


書き足そうとして、手が止まる。


「……営業許可って、どう書くんですか?」


「勉強しろ」


「今してるところです」


エリアスは小さく息を吐いた。


「他には税だな。店の規模や場所によっても変わる」


「税金もある、と」


そこは予想していた。


「商業組合に入れば、仕入れ先も紹介してもらえるんですか?」


「業種による。ただ、何の伝手もない人間が1人で探すよりは早い」


「なるほど」


日和は頷きながら、分かる範囲で紙に書き足していく。


「あと、店って誰でも借りられるんですか?」


「どういう意味だ」


「私、この国の人間じゃないでしょう」


名前を名乗るだけで店を貸してもらえるとは思えない。自分にはこの国で生まれた記録もなければ、身分を証明できるものもない。


「その辺も調べないとですね」


エリアスは何も言わなかった。


「侯爵様?」


「なんだ」


「今、何か考えました?」


「別に」


怪しい。


けれど追及したところで答えそうにない。


日和は紙へ目を戻した。


「あとは、やっぱりお金ですね」


王宮を出るときに最低限の金は渡されたが、店を始められるほどではない。


そもそも、この辺りで小さな店を借りるのにいくら必要なのかも知らない。道具や食材の相場も分からないのだから、今の段階では必要な金額すら計算できない。


「まず相場を知らないと話にならないか」


「そうだな」


「それなら、働くのが一番早そうですね」


エリアスが日和を見る。


「働くのか?」


「お金がないんだから、稼ぐしかないでしょう」


「……そうだな」


「ものすごく当たり前のこと言ってますよ、私」


「自分で言ったんだろう」


相変わらずである。


「できれば料理の仕事がいいな」


「なぜだ」


「お金を貯めるだけなら何でもいいですけど、どうせならこの辺りの食材や値段も知りたいですし、お客さんがどんな料理を食べてるのかも見ておきたいので」


料理が作れることと、店を続けられることは別だ。


自分がおいしいと思うものを作っても、この世界の人が食べたいと思わなければ商売にはならない。


それに、厨房で働けば食材の仕入れ方や保存方法も分かるかもしれない。


「一石二鳥ですね」


日和が紙へ書き足していると、エリアスが黙ってこちらを見ていた。


「なんですか?」


「いや」


「今、何か言おうとしましたよね?」


「何でもない」


そう言って再び歩き出す。


「待ってください。あと1個だけ」


「私は暇ではないと言ったはずだ」


「本当にあと1個です」


エリアスが振り返る。


「商業組合って、どこにあるんですか?」


エリアスは日和を見て、小さく息を吐いた。


「……明日、案内させる」


「ありがとうございます」


日和は紙を握り直した。


店、道具、仕入れ、資金。


営業許可、商業組合、税。


知らないことはまだ多いし、自分が店を借りられるのかも分からない。


それでも、何が分からないのかは見えてきた。


店を持ちたいと思ったからといって、すぐに始められるわけではない。まずはこの世界の仕組みを知って、必要な金額を知って、自分にできる方法を考える。


分からないなら調べればいい。


できないことがあるなら、できるようになる方法を探せばいい。


「……やること、いっぱいありますね」


「諦めるか?」


「まだ何も始めてないのに?」


まだ、店をやると決めたわけではない。


それでも紙に並んだ文字を見ていると、昨日までただの夢だったものが、少しだけ現実に近づいた気がした。


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