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弟と間違えて召喚されたので、異世界で小料理屋をはじめます~小料理屋《宵日和》~  作者: HaKo
第6章 異世界でも穏やかには暮らせないようです
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第101話 寝ている間にいろいろバレていました


「日和、聞こえる?」


ミレイユが呼びかけても返事はない。寝台に横たわる日和の額に手を当て、それから首筋にも触れる。


「熱はなさそうね」


「さっきより顔色は戻った」


傍らに立っていたガルドが答える。


店で突然倒れた日和を受け止めたのはガルドだった。呼びかけても目を覚まさず、ひとまず店の奥へ運んでから、近くにいた者に頼んでミレイユを呼びに行かせた。


「倒れる前は?」


「普通だった。仕込みして、俺と話してた」


「何か変わったことは?」


「……いや」


「ちゃんと思い出して」


「思い出してる」


「じゃあ役に立つこと言って」


「お前、呼ばれて来た側のくせに偉そうだな」


「心配してるのよ」


それを言われると、ガルドも黙るしかない。


ミレイユはもう一度、日和の顔を見る。呼吸は落ち着いていて苦しそうな様子もない。ただ、いくら呼びかけても目を覚まさない。


「医者を呼びましょう」


「ああ」


ガルドは短く答えたあと、何かを考えるように黙り込み、やがて立ち上がった。


「俺は屋敷へ行ってくる」


「屋敷?」


「侯爵様のところだ」


ミレイユが振り返る。


「なんで侯爵様?」


「日和が倒れたって知らせてくる」


「だから、なんで?」


「……世話になってただろ、こいつ」


それはミレイユも聞いたことがある。日和は以前、レーヴェン侯爵家に世話になっていたらしい。詳しい事情までは知らないが、その縁で今も交流があることは知っていた。


それでも、わざわざ侯爵本人に知らせに行くほどだろうか。


「まあいいわ。行ってきなさい」


「お前は?」


「私が見てる。早く行って」


「分かった」


ガルドが店を出ていく。ミレイユはその背中を見送ってから、日和の額の布を取り替えた。


「ほんと、心配かけるんだから」


もちろん、返事はなかった。



しばらくして、店の扉が開いた。


戻ってきたガルドの後ろには、きっちりと整えられた身なりの男が立っていた。穏やかな表情をしているが、店へ入るなり真っすぐ奥へ向かってくる。


「日和様は?」


「こっちだ」


ガルドに案内され、男は寝台のそばまで来ると眠ったままの日和を見下ろした。その表情がわずかに曇る。


「まだ、お目覚めにはなっておられないのですね」


「ええ」


ミレイユが答え、それから男を見る。


「あなたは?」


「申し遅れました。オスカーと申します。レーヴェン侯爵家に仕えております」


「ああ」


名前は聞いたことがある。侯爵家を取り仕切っている人物だ。


「侯爵様は?」


「旦那様は現在、屋敷を留守にしております」


ガルドが眉を寄せる。


「いつ戻る?」


「まだ何とも申し上げられません」


オスカーはそれだけ答えると、再び日和へ視線を落とした。


「日和様は、こちらでお休みになっているのですか?」


「そうよ。店で倒れたから、とりあえず奥に運んだの」


「承知いたしました。では、屋敷へお連れいたします」


「……え?」


ミレイユは思わず聞き返した。


「日和を?」


「はい。医師も屋敷へ呼びましょう。そのほうが安心です」


「いや、でも……そこまでしてもらっていいの?」


オスカーが不思議そうに瞬きをする。


「もちろんです。日和様のお部屋も、そのままにしておりますので」


「部屋?」


「以前お使いになっていたお部屋です」


日和が侯爵家に世話になっていたことは知っている。だが、もうここで暮らし始めて随分経つというのに、部屋がまだ残されているらしい。


ミレイユはガルドを見るが、ガルドは何も言わない。


怪しい。非常に怪しい。


「……ずいぶん大事にされてるのね」


何気なく言ったつもりだったが、オスカーはごく自然に頷いた。


「旦那様にとって、大切な方ですので」


「え?」


ミレイユが固まる。


オスカーは特に変なことを言ったつもりもないらしく、日和の上着を整えていた。


「ちょっと待って。侯爵様にとって?」


「はい」


「日和が?」


「はい」


ミレイユの頭の中で、いくつかの記憶がつながり始める。


日和が時折話していた男。無愛想で、言葉が足りなくて、何を考えているのか分かりにくい。顔が怖いのに、本当は優しい。


そして最近になって、日和自身がようやく認めた好きな人。


ミレイユはゆっくりガルドを見る。


「……ガルド」


「なんだ」


「あんた、日和の好きな人知ってる?」


ガルドの視線が、ほんの少しだけ泳いだ。長い付き合いのミレイユには、それだけで十分だった。


「知ってるのね」


「……まあ」


ミレイユは眠っている日和を見て、それからオスカーを見る。


「まさか、日和が言ってた顔が怖い人って……侯爵様?」


オスカーが瞬きをした。


「日和様は旦那様をそのように?」


「あ」


そこまで言うつもりではなかった。


けれど、オスカーの口元がわずかに緩む。


「なるほど」


その反応で十分だった。


「……本当に侯爵様なのね」


ガルドは何も言わず、オスカーも否定しない。日和だけが何も知らずに眠っている。


「日和もすごいところにいったわね……」


まさか、あの「顔が怖い人」がこの北部を治める侯爵本人だったとは。


「では、日和様をお預かりいたします」


「ええ、お願い。目を覚ましたら、心配したって言っておいて」


「承知いたしました」


オスカーは眠ったままの日和を慎重に抱き上げる。その扱いまで妙に丁寧で、ミレイユはますます確信した。


日和が思っている以上に、侯爵家で大事にされている。いや、侯爵本人から大事にされているのだろう。


オスカーが日和を連れて店を出ていき、扉が閉まる。


しばらく、店の中は静かだった。


「……なるほどねえ」


ミレイユは腕を組み、ガルドを見る。


「顔が怖い人が侯爵様だったとはね」


「本人の前で言うなよ」


「言わないわよ」


日和もなかなか大変な相手を好きになったものだ。


そう思ったところで、もう1人の顔が浮かんだ。


栗色の髪に淡い緑色の瞳。最近、日和のそばにいることが多い隣人。


「でも、そうなるとエリオは失恋ね」


ガルドが鼻を鳴らした。


「失恋も何も、同じ奴だろ」


「……」


沈黙が落ちた。


ガルドの顔が止まり、ミレイユも止まる。


ゆっくりと、ミレイユがガルドを見る。


「……今、なんて言った?」


「……」


「ガルド」


「忘れろ」


「無理よ」


「聞かなかったことにしろ」


「もっと無理」


ガルドが露骨に顔をしかめる。


「同じって、何が?」


「……」


「まさか」


答えはない。けれど、その顔を見れば十分だった。


「エリオが……侯爵様?」


ガルドは深いため息をついた。


「俺が言ったって言うなよ」


ミレイユはしばらく何も言えなかった。


顔が怖い人。侯爵様。隣の兄ちゃん。エリオ。


全部、同じ男。


そしてガルドは、それを知っていた。


「……ガルド」


「なんだ」


「あんた、あとで話があるから」


「なんで俺なんだよ」


日和が目を覚ましたら、そちらにも話がある。


どうやら今日は、知らないことが多すぎたらしい。


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