第6話:背脂ラーメン・デートと庶民の味
学園での騒動から数日後。わしはついに、念願の「休日の放課後デート」を実現させていた。
「どうじゃ、美味そうだろう?」
魔法都市の路地裏にある、地元民に愛される小さな屋台。 わしは自信満々に、湯気を立てる二つのどんぶりを彼女たちの前に置いた。 澄んだスープの美しいラーメン……ではない。表面を雪のように覆い尽くす大量の背脂、山盛りの野菜、そして分厚いチャーシューが乗った、超濃厚な一杯である。
「シ、シゲオ様。これは一体……?」
普段は城の厨房で作られたような豪勢な食事しか口にしていなそうなアリアが、目を白黒させている。純人類である彼女の美しい褐色の肌が、屋台のランプに照らされて艶やかに光っていた。
「ラーメンという食べ物じゃ。こういうジャンクでガツンとくる味を、女の子と一緒にハフハフしながら食べるのが、若者の青春というやつでな」
わしはそう言って、割り箸を割って豪快に麺をすすった。うむ、五臓六腑に染み渡る美味さじゃ! 前世では医者に止められて食べられなかったからな!
わしが美味しそうに食べるのを見て、二人も恐る恐る箸を手に取った。
「ズズッ……こ、これは……ッ!」 「信じられない……」
一口食べた瞬間、二人の動きがピタリと止まった。 (おっ、美味しかったかな? 「シゲオ君、これ美味しいね!」と笑顔で言い合う、和やかなデートの始まりじゃ!)
「神が、我々と同じこの下等な糧を口にしてくださっている……! ご自身の身体を我々の次元まで落としてまで、同じ味覚を共有してくださるというのか! ああ、なんという慈悲深さ! このアリア、五感のすべてを懸けてこの聖餐を頂戴いたします!」
アリアはボロボロと大粒の涙を流しながら、凄まじい勢いで麺をすすり始めた。
「……計算通りね。マスターのあの桁違いの魔力出力を維持するには、これほど非効率なまでに高カロリーな食事を短時間で摂取する必要があるということ。一見無駄に見えるジャンクフードすら、マスターにとっては完璧に合理的な魔力補給の儀式……っ! 流石です、マスター!」
リナもまた、なぜか感動に打ち震えながら、ブツブツと早口でオタク特有の考察を垂れ流し、スープまで飲み干す勢いでどんぶりに齧りついている。
(……なんでラーメンを食べるだけで、そんな重い解釈になるんじゃ……)
わしが突っ込む気力も失せ、トッピングの煮卵に箸を伸ばした、その時だった。
『ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!』
突如として、街中にけたたましい警報の魔導具が鳴り響いた。 さっきまで晴れ渡っていた空が、不気味な赤紫色に染まっていく。
「な、なんだ!?」 「空を見ろ! あれは……伝説の厄災だ!!」
屋台の店主や通りを歩いていた人々が、空を指差して絶望の声を上げた。 わしも空を見上げると、巨大な光の塊が、恐ろしいスピードでこの街に向かって落下してくるのが見えた。
「まさか……軌道を外れた『レモン彗星』か!」
リナが顔面を蒼白にして立ち上がった。 レモン彗星。果物のレモンなどではない。天文学において千年に一度接近するとされる、氷と岩石で構成された超質量の巨大天体の正式名称だ。 それが今、魔法都市のど真ん中に向かって真っ直ぐに落ちてきている。
「終わった……結界など紙切れも同然よ! この街ごと、跡形もなく消し飛ぶわ……!」
天才魔法少女であるリナが、完全に戦意を喪失してその場にへたり込んだ。すっかり癖になったのか、またしても綺麗な割り座の姿勢でガタガタと震えている。
周囲は完全なパニック状態に陥り、阿鼻叫喚の地獄絵図となっていた。
「……」
わしは、ため息を一つ吐いた。 せっかくの、88年越しに叶った女の子とのラーメン・デートだったのに。 冷めてしまったら、背脂ラーメンの味が落ちてしまうではないか。
「ええい、鬱陶しい! 今いいところなんじゃ!」
わしは苛立ちと共に、手を拭いていたおしぼりをテーブルに叩きつけた。 そして、そのまま空を見上げ、右手の人差し指をレモン彗星に向けて突き出した。
「シ、シゲオ様!?」 「マスター、何を……!?」
二人が見上げる中、わしは指先にほんの少しだけ魔力を集め、初級魔法『魔力弾』をチクッと放った。 本当に、デコピンをする程度の軽いノリだった。
――シュボッ。
わしの指先から放たれた極小の光の矢は、瞬く間に音速を超え、大気圏を突破。 次の瞬間。
ピカァァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!
空を覆い尽くしていた巨大なレモン彗星の中心核を正確に撃ち抜いた光の矢は、宇宙空間で天体そのものを美しく、そして完璧に粉砕した。 衝撃波すら地上には届かず、ただ、空いっぱいに砕け散った彗星の残骸が、キラキラと輝く星屑の雨となって降り注ぎ始めた。
「……よし。これで静かにラーメンが食えるな」
わしは何事もなかったように再び箸を持ち、どんぶりに向き直った。 しかし、周囲は水を打ったような静寂に包まれていた。
「……」 「……」
アリアとリナ。屋台の店主。そして、逃げ惑っていた街の住人たち全員が、わしの方を向き、一斉に地面に膝をつき、深く平伏した。
「ああ……神よ……!」 「我らが救世主……!」
夜空から降り注ぐ美しい星屑の下。 無数の人々から狂信的な眼差しと祈りを捧げられる中、わしは一人、のびたラーメンをすすりながら心の中で咽び泣いた。
(ちがう……わしはただ、女の子と楽しくラーメンを食べたかっただけなんじゃあぁぁぁ……っ!)
圧倒的すぎる力を持つがゆえに、恋愛のハードルがカンストしてしまった最強賢者の、盛大なすれ違い異世界ラブコメディ。 わしのささやかな青春は、まだまだ遠そうである。




