第5話:圧倒的な力の差と、オタク少女の屈服
闘技場の中央で、わしとリナは数十メートルほどの距離を空けて対峙していた。 観客席には、試験を受けに来た他の生徒たちや試験官の教師が「首席があんな一般人を相手にするなんて」とヒソヒソと囁き合っている。
(よし、作戦はこうじゃ。彼女の魔法を適当に受けて、「うわー、やられたー!」と大袈裟に倒れる。女の子の自尊心を満たしてやれば、きっと「仕方ないわね、私が勉強を教えてあげるわ」と仲良くなれるはず!)
完璧な青春フラグ構築である。わしは自分の完璧な計画に酔いしれた。
「いくわよ! 灰燼に帰しなさい! 『爆炎の業火』!!」
リナが杖を振りかざすと、凄まじい熱量を持った巨大な炎の渦が顕現した。 闘技場内の空気が一瞬で乾燥し、ゴオオオォォッ! と轟音を立てながら、わしに向かって真っ直ぐに飛んでくる。
「おお、こりゃすごい迫力じゃ」
わしは感心しながら、炎がぶつかる直前に、顔の前で手をパタパタと振った。
「おっと、ちょっと熱いな。火傷したらいかん」
本当に、ただ顔に当たる熱風を『うちわで扇ぐように』払いのけただけだった。 しかし、レベル999の筋力と、指先からわずかに漏れ出た魔力が合わさったその一振りは、暴風の壁となって闘技場を駆け抜けた。
ズバァァァァァァァァァンッ!!!
「えっ……!?」
リナが放った最強の炎魔法は、わしの手のひらから放たれた風圧にぶつかった瞬間、まるでロウソクの火を吹き消すようにあっけなく霧散した。 そればかりか、余波の暴風は止まることなく闘技場全体に広がり、観客を守るために張られていた鉄壁の魔法結界に直撃。パリンッ! と飴細工のように結界を粉砕してしまったのだ。
静寂。 闘技場にいた全員が、口をポカンと開けて硬直している。
「あ、あれ……?」
わざと負けるつもりが、完全に防いでしまった。いや、防ぐどころか結界まで壊してしまった。 砂煙が晴れた先で、リナは杖を取り落とし、地面にへたり込んでいた。 両足をM字に広げ、お尻をぺったりと地面につけた**『割座』**の体勢のまま、ガタガタと全身を震わせている。
「あ、あ、ああ……」
完全に心が折れてしまったような表情だ。 (しまった! わしとしたことが、手加減を間違えて女の子を怯えさせてしまった!)
「す、すまん! やりすぎたかな? ほら、立てるかい?」
わしは慌てて駆け寄り、アリアの時と同じように右手を差し伸べた。 すると、ガクガクと震えていたリナの肩がピタリと止まり、ゆっくりとわしを見上げた。 その瞳には、恐怖ではなく、何か別の――恐ろしいほどの『熱』と『探求心』が宿っていた。
「あ、あの意味不明な魔力術式……! いえ、術式すら構築していない、ただの魔力の残滓の圧で私のヘルプロミネンスを……!? ありえない、常識外れ、でもなんて、なんて美しくて無駄のない力動……っ!」
ブツブツと、まるで早口の呪文のように呟き始めるリナ。
「アナタ、一体何者!? いえ、そんなことはどうでもいいわ! その圧倒的な魔力制御、その深淵! マスター! どうか、私をあなたの弟子にしてください!!」 「……はい?」 「私の持てる知識と探求心のすべてを、マスターに捧げます! ああ、もっと! もっと間近でその御業を観察させてぇっ!!」
リナはわしの足元にすがりつき、先ほどのツンデレ態度はどこへやら、推しを前にしたオタク特有の早口と熱量でわしのズボンの裾を握りしめてきた。
観客席から「神童が、泣いて許しを請うているぞ……!?」というざわめきが聞こえる。 そして背後からは、アリアが「抜け駆けは許さんぞ、泥棒猫」と凄まじい殺気を放ちながら近づいてくる気配がした。
(……ちがう。わしはただ、一緒に勉強したりお弁当を食べたりしたかっただけなんじゃあぁぁっ!)
かくしてわしは、重すぎるヤンデレ戦姫に続き、早口のオタク崇拝者(ツンデレ崩れ)を抱え込むことになってしまったのである。




