街を望む残響
「急に雨が降るなんて……」
山に窪みをつけたような場所で雨宿りをしながら、ルクノウはここ数日の気候の不条理さに嘆く。
(昨日が暑かったせいかな……)
このあたりは雨季であったが、あと数日は天気が保つと聞いていたため、この機に拠点を移そうとした矢先のことだった。
ルクノウは、野営に嫌悪感を示すこともなく、淡々と雨が上がるのを待つ。
すると――
「おや、先客かね」
ルクノウのもとに、杖を片手にここまできたのだろうか、薄手のローブを羽織った、とても身軽な老婆が一人。
「……雨宿りさせていただいています」
「急な雨で災難だったね。少しお邪魔してもいいいかい?」
「どうぞどうぞ。今火を起こそうとしていたので、こちらで温まってください」
「親切にどうも。それじゃあ、お言葉に甘えることにしようかね」
二人で囲むように、火をつけると、薄暗い洞穴に暖かな光が宿る。
「あんたは旅をしているのかい? この辺りに住んでいると、ここいらを通ることはそうないからね」
「そうです、旅をしています」
(どうりで道の茂みが高かったわけだ)
「お婆さんは? 旅……って感じではなさそうですけど」
「アタシは森の奥に少し用があってね。それに、こう見えても、若い時はそれなりに各地を回ったものさ」
「旅人だったんですね」
「まあ、少し違うがおおかたそんなところさ」
老婆は少し遠い目をしていた。
気がつくと、雨の勢いがおさまり、日が指していた。
「おや、気まぐれな空だね」
「本当だ。これなら今のうちに動けそうですけど……お供しましょうか?」
「いいのかい? アンタはアンタで行くあてがあるんじゃないのかい?」
「いえ、僕の旅は巡り合わせのようなものなので、これも何かの縁だと思っていただければと」
「巡り合わせ、ねえ。確かにおいぼれ一人じゃ心許ないし、もう少しお邪魔させてもらおうかね?」
こうして、ルクノウと老婆は、森の奥へと歩みを進めることとなった。
しばらく歩みを進めると、老婆の目的の地に辿り着く。
そこには、老婆が住んでいるという街が一望できる、眺めの良い小高い丘があった。
そして――一人の男の銅像も。
「この銅像は?」
「私がここへ来た目的さ」
老婆は徐に、銅像に絡まる蔦をむしり取り、自らが羽織っていたローブで、銅像を磨き始めた。
「あなた、私がきましたよ……この人はね、“自分は特殊な人種で長命なんだ”なんて言っていたのに。まだこれからって時にポックリ逝っちまったんだ。この銅像だけを残して」
一見すると、ルクノウが今まで出会ってきた男性と比べ、特に“特殊”な点はない。
「……この銅像は、この方が亡くなられてから建てたものなのですか?」
「いいや、あの人がまだ若い時に成し遂げた何かがきっかけで建てられたらしいけど、あの人はついには最後まで教えてくれなかったよ」
老婆は、洞穴の時と同じような目をして話す。
「一体なんの銅像なんでしょうか」
「そんなことは今となってはどうでもいいのさ。ここにあの人が居る。それを忘れない。それだけで十分なのさ」
何かを思い出すように微笑みながら、老婆は優しく銅像を撫でる。
「少し話せるかな?」
――男性の声だった。
ルクノウは老婆の方を向くが、老婆は銅像を磨くことを続けていて、この声に気づいている様子はない。
「そのままにして聞いてくれ、返事はいらない。マルガタクトの使者よ。おっと、今はカノンの使者だったかな?」
(マルガタクト……いや、カノン村を知っている? そもそも、あなたは……)
「まあ驚くのも無理はない、何せ言葉の通り、“意思疎通”だからね。これから伝えることはただの意思だ。どう受け取るかは君次第。健闘を祈る」
そう告げる男の声を最後に、辺りは暗闇に包まれた。
空さえも、何も映さない、漆黒だった。
その闇に文字が浮かぶように、ルクノウへ情報が流れ込む。
────────
二千年ほど前、この世界は今よりも根深く自然と共に歩んでいた。
しかし、人々は自然の偉大さをどこかへ置き去りに、文明の発達へと乗り出した。
そこで世界の調和が乱れ始め、綻びが生まれることとなった。
秩序のため、原初の働きかけによりなんとか世界は均等を保つこととなった。
ただ経過する時ならば良かったが、世界も無機質ではない。
無限でもなく有限なのだ。
君が乗り出した旅には意味がある。
もうこの場も長くない。我々は忘れ去られる運命。
我々はもう意志のみの存在となってしまったが、力の限りを君たちへ尽くそう。
────────
「どうかしたのかい?」
突然の老婆の一言で、現実へと引き戻されたとルクノウは感じた。
あの声の主は――
「おや、少しいい顔になったねえ」
「え、そうですか?」
「あの人の言った通りなのかもしれないね……そうだ、せっかくならうちでご馳走してもいいかい? 旅は巡り合わせなんだろ?」
「……そうですね。もう少しお話を聞かせていただきたいです」
「他愛もない昔話で良ければ、聞かせてあげるよ」
二人で道を戻ろうとして、ルクノウは少し振り返る。
照りつける太陽に反射して、銅像の瞳が少し輝いて見えた。




