表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紡宵のエイカシア(ぼうしょうのエイカシア)  作者: 琴欐


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/9

潜む黒の気配


 カランカラン


 宿屋の鐘が鳴る。


「ようこそ。あら、旅人かい?」


 ルクノウは、立ち寄った宿屋で店主と思しき女性に声をかけられる。


「はい、そうです。数日泊まらせて頂こうかと」


「それじゃあ、宿は二階の空いている部屋を使いな。木札を見たらわかるから」


「ありがとうございます」


「それと、皿洗いでもいいかい?」


「はい?」


「今はあいにく食糧庫も潤沢で狩は必要なくてね。裏にある畑の収穫も時期じゃないし、溝掃除はこの間したばかりで、丁度良いものがなくて申し訳ないね」


「え……」


 突然、仕事をあてがわれてルクノウは困惑する。


「どうしたんだい? ポカンとして。うちはそういう奴らがよく来るんだが……もしやアンタは違ったかい?」


「いえ、せっかくなので何かお手伝いさせてください」


「そうかい? それじゃあお願いしようかね。その分のお駄賃はしっかりと払わせてもらうからさ、もちろん賄いもね」



 宿へ荷物を置いて、女将に連れられて、宿の食堂へと向かう。



「お、坊主、新入りか?」


 入店するなり、常連の男に声をかけられる。


「いえ、旅人としてお手伝いを」


「そうかそうか。女将、いつものをもらおうか」


「いつものって、果実油でしょ? お酒も飲めないのに頼み方だけ一丁前で」


 果実油は果実から精製された飲み物で、酒と混ぜれば果実酒になる。


「それでよ、さっきの続きなんだが、領主様の調子があまりよろしくないみたいでな」


 旅人が物珍しいわけでもなく、いつもの通り、常連同士で会話を続けていた。


「なんでも見慣れない姿のやつが出入りしているって噂だろ?」


「ああ、跡取りには長男がいるからこの街の心配はいらないと思うが」


「確かに。優秀だって聞くしな」


「でもよ……」


「おいおい、あまり滅多なことを口にするんじゃないぞ。不敬罪になりかねん」


「……それもそうだな」


 男は店の中の一席へと視線を向けて口ごもる。


 そこには、甲冑を身につけた兵士がいた。


 ルクノウが検問の際に見た兵士と同じ紋章を掲げていることから、この街の門兵より高位の近衛兵だろうかと推察する。



「長男がどこまで継ぐか見ものだな」


「ああ、伯爵領とのこともあるしな」


 一際汚れた身なりをしている別の二人組が、ヒソヒソと話している。


「何が行われているのかわかったもんじゃないが」


「墓荒らしをしていたなんて話もある」


「そこまでして金が欲しいかね」


「今回のことも、どうせ、私利私欲にまみれたバチが当たったんだ」


「おい、そこの農奴」


 先ほどの兵の一人が、ヒソヒソ話していた二人の前に立つ。


 女騎士だが、ルクノウよりも二回りほど大きな体躯で、鋭い眼光を向ける。


「ひいっ。違うんです。これは言葉のあやと言いますか……」


 一人は弁明に勤しみ、一人は震えながら俯くだけだった。


「先ほどの言葉、領主様への不敬と捉えてよいな?」


 そう言いながら、腰のつかに手をかける。


「やめろ。そこまでだ」


 沈黙を貫いていた男が、椅子に腰をかけたままで制止する。


 こちらも一目見ただけで格の違いがひしひしと伝わってくる。


「ですが、酒の席とはいえ……」


「お前の清き正しい剣をこのようなことに使うでない。その方らも、多少のことには目を瞑るが、一線を超えることのないようにな」


 二人の兵士は店主へ一瞥いちべつして、店を後にしようとする。


 店主へ支払う際にも、二人は少しだけ会話を続けていた。


「なぜ真実をお話にならないのですか」


「話したところであらぬ疑いを生み、争いの火種を増やすだけだ」


「では黒い噂とやらを払拭するだけでも!」


「よせ。このような場で話すようなことではない。では、失礼したな」


「いえ、またお待ちしております」


 女将も騎士に物応じせず、他の客と同様に対応する。


 慣れているのであろう。


 ルクノウはというと、一連の騒動を横目に、皿を洗って拭くということを繰り返していた。



「お疲れさん。空いているところに座っておくれ」


「ああ、ありがとう。いつものを頼むよ」


 また常連だろうか、今度は門兵が入店してきた。


「どうにも国境付近の様子がおかしい」


「ああ。昨晩もアレの群れが出たらしい」


「こうも続くと討伐隊も厳しいな」


「そろそろ俺たちも駆り出されるぞ」


「それまでに原因がわかればいいが」


「それができれば噂なんて流れないさ」


「まあ眉唾物だがな」



 皿を洗うルクノウの元に、女将が客から下げてきたものを持ってくる。


「最近この辺りで良くない噂が流れていてね、その話で持ちきりさ」


「それでみなさん同じようなことを」


「旅人のあんたにはよくわからないだろうが、ここを出る時は気をつけた方がいい。なんでも群れは人影に見えたっていう噂さ」


「人影……」




 しばらくすると、“黒い噂”について話すものは誰もいなくなっていた。


 どうやら代替わりの際に真実の公表へ踏み出したらしく、墓荒らしは見間違いだったようだ。


 噂話とは飽きが早いものである。


 そういうものとして、人々はまた日常へと戻る。


 今、食堂は稀代の吟遊詩人で持ちきりだった。




「お世話になりました」


「あんたみたいに丁寧な旅人は初めてだよ。また寄っとくれ」


 あれから数日が経ち、ルクノウはまた新たな地へと向かう。


 門を潜ったその背中を、ある黒い影が視界に収めていた。


 しかし、その影はルクノウに興味を示すこともなく、その場を去る。


 黒い影は、どこか揺らいでいるようにも見えた。


 骸のような黒い影を孕んで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ