蕾の行方
どこからか話し声を耳にしたルクノウは、聞こえた方角へと足を運ぶ。
(ここかな……)
そこには、ポツンと、簡素な建物があった。
三階建てほどだろうか、先ほど後にした宿屋よりもわずかに高く、長方形をした白塗りの建物だ。
外から中の様子は見えないが、木々が生い茂る中に建つ無機質なそれは、ルクノウの直感を惹きつける。
「ありがとうございました!」
一人の青年が希望に満ちた表情で、建物から出てきた。
声の主がわかったのだが、ルクノウは咄嗟に身を隠す。
(悪いことをしているみたいだよな……)
青年の後ろから、また一人、姿を現した。
「また何かございましたら……」
青年を送り出すのは、一目見ただけでは性別のわからない中性的な背格好の、これまた質素な白い装束に身を包んだ若者だった。
建物と服装が相まって、ルクノウには礼拝堂のような場所に思えたが、なにか“象徴的なもの”が目につくわけでもなく、無機質さがそこにあるだけだった。
そして、咄嗟に身を隠してしまうほど、容易に近づけない奇妙さを持ち合わせていた。
今度は、建物を後にする青年と対照的に、沈んだ肩でトボトボと歩く若い女性が、建物の方へと歩いていく。
「どうぞこちらへ」
若者に迎え入れられた女性の足取り重く、ゆっくりと中へ入っていった。
ルクノウは建物を後にした青年の行動を、不思議と目で追っていた。
青年は、質素な建物の隣にある、とてもこの場所には似つかわしくない豪勢な庭園へと赴いていた。
その庭園は、この辺りの茂みに咲いているような花から、今まで一度も見たことのない花まで、様々な種類が不規則的に並んでいた。
不規則な中にも、美しさが混在しており、なんとも魅了されてしまう。
青年はその庭園の中で、辺りを見渡しながら歩く。
ふと立ち止まったかと思うと、まだ蕾のままの花に視線を落とし、その花に近づくようしゃがみ込む。
青年は、何やら呟き、立ち上がる。
そして、その庭園を後にした。
「ありがとうございました!」
建物の方からまた声が聞こえた。
視線を庭園に戻すと、青年はもう立ち去った後であった。
「また何かございましたら……」
先ほどはトボトボと足を運んでいた女性の様子が、まるで別人のように見えた。
女性も庭園へと足を運び、先ほどの青年と同様に歩いていたかと思うと、ふと立ち止まりしゃがみ込む。
(どうして蕾なんだろ……)
あたり一面の絢爛な花には目もくれず、蕾を眺めて微笑む女性は、ルクノウにはどこか奇妙な光景に見えた。
女性が庭園を後にした時、ルクノウは不思議な光景を目にする。
先ほどの蕾に光が差し――花開いたのである。
「覗き見とは感心しませんね」
突然声をかけられたルクノウは、思わず体が跳ねる。
「ふふ、驚かせてしまいましたかね。先ほどから随分と関心がおありのようだったので」
「いえ、そのようなつもりはなかったのですが……ここはどういった場所なので?」
いつから見られていたのかと思い、どこかバツの悪いルクノウの口調が、少し乱れる。
「綺麗ですよね……花」
「はい、とても」
花の方を見ながらも、遠い目をした中性的な人物に、ルクノウはこれ以上深く踏み込めないでいた。
「あなたがこの庭を?」
「いえ、私はあの建物の者なので、ここの手入れはしておりません」
「じゃあ……誰が?」
「そもそも、必要がないのですよ」
「必要がない?」
「そうです」
掴みどころのない笑顔と平坦な会話に、ルクノウはただ庭園を眺めることしかできなかった。
「じゃあ、僕はこの辺で」
「おや、もう行ってしまわれるのですか? まあ、あなたは……必要ないのでしょうね。あの方々と違って」
「え?」
「いえいえ、お気になさらず」
ルクノウは軽く会釈をしてその場を後にする。
――必要ない。
ただその一言が、ルクノウをあの建物から遠ざけているようだった。
新たに芽吹く蕾を横目に、頭の片隅に浮かんだ憶測を、ルクノウはそっとしまったのである。




