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紡宵のエイカシア(ぼうしょうのエイカシア)  作者: 琴欐


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14/15

同じ空の下で


 旅の道中、ルクノウは広大な草原に腰を下ろす。


 視界を遮るものは何もなく、ふと眺めた夜空に先日のエアルスの涙(エアルティア)を思い浮かべていた。



『もう、一滴も流れてきませんよ?』



「……びっくりさせないでくださいよ」


 突如、宙にふわりと腰掛けるような姿勢で現れた女性――イレーネがルクノウの視界を遮る。


『ふふっ。それにしては落ち着いておられるようですが?』


 片手で口元を隠しながらイタズラに笑うイレーネは、宙に浮いたまま自身の身を沈めて、ルクノウと目線をあわせる。



『先日、お話ししそびれていたことがありまして』


「改まって……なんでしょうか」


 嫌な予感がルクノウの脳裏をよぎる。



『ご心配せずとも、エアルスの涙(エアルティア)についてのお話の続きです。あの日、ルクノウさんは何か違和感を覚えられたのではないでしょうか』



 あの日、ルクノウが目にしたのは――天を引き裂くように流れる星々だった。



『以前、少しだけお話しした“神の慈悲”を覚えておられますか?』


「たしか……とある地方でエアルスの涙(エアルティア)のことを、“神の慈愛が降り注ぐ”と言い伝えられているとか」


『そうです。それについて、もう少し詳しくお話ししようかと思いまして』



 そう言いながらイレーネが天を仰ぐので、ルクノウも釣られて視線の先を合わせる。


 二人の頭上には、あの日のように星々が煌めいていた。


 イレーネはその一粒を指さして、天を流れるようになぞりながらこう続ける。


『“星が大地に降り立つ時、雫玉しずくだまとなりて万物を癒したもう” これが、かの地方に伝わる“神の慈悲”と呼ばれているものです』


「万物を癒す力……」


『かくいう私も、“星の雫玉”を目にしたわけではありませんので、真偽の程はわかりません。ですが、“綻び”が世界に対し、必ずしも悪いことばかりではないということを知っていただきたいのです』


「“綻び”って、一体何なのでしょうか」


『精霊が舞えば何とやら。心地よい風にも、暴風にもなりうる……あら、これでは答えになっていませんね』


「いえ……分かるような、分からないような」


『ふふ。ゆっくりと、世界を見て回るといいと思いますよ。ほら、また一つの巡り合わせが……』




「あれ、迷ったか?」



 イレーネを遮るように――といっても、イレーネの姿はすでにないが――茂みから一人の青年が顔を出す。



「君、ここがどこか分かるかい?」


「いえ、この辺りは初めてで」


「そうか……久々に村を出たからか、つい道に迷ってしまってね。君はどこかへ行く途中かい?」


「旅の道中でして、特に向かうべき場所があるわけではないのですが……」



 旅をしていると、稀にこうして目的を尋ねられることがあった。


 どう説明したものかと、ルクノウは迷った挙句に毎度お茶を濁すような態度をとってしまう。


「差し詰め、さすらい人ってところか。もしよければだが、僕と一緒に村へ帰るかい? 珍しいものは何もないが、これも何かの縁だと思うんだ」


(巡り合わせ……なのかな)


「……よろしいのですか?」


「ああ、道すがら、僕の長い話を聞いてもらう相手が欲しくてね」



 イレーネが最後に告げた“巡り合わせ”という言葉を頭の片隅に残しながら、ルクノウは青年について行くことにした。



 道中、男の身の上話をあれこれとルクノウは聞くことになったのだが、男にとってルクノウは、どこか“話してもいい相手”という気持ちが芽生えていたのかもしれない。




「さあ、着いたよ」


 男――シューバの話を聞きながら歩みを進め、シューバとルクノウのこれまでの旅路を照らし合わせながら、ようやく村へと辿り着いた。



「ルクノウ、ここが我が家だ。くつろいでくれ」


 いくつか立ち並ぶ家屋の一つに通される。


 この村の家屋は、いくつかの列をなすように建てられており、ルクノウが見渡す限りでも、家屋の数は五十を優に超えていた。


 この辺りの住人は開拓民で、先ほどシューバと出会ったあの広大な草原を耕すために住居を構えている――そんなことをシューバからルクノウはすでに聞いていたため、村へついた時の驚きはなかった。



「ありがとう、シューバ。それじゃあ約束通り、数日はお世話になるとするよ」


「まあ、約束は約束だからね」


 二人はすっかり名前で呼び合うほどに打ち解けており、側から見ると旧知の仲のようだった。




 朝になり、軽く食事を済ませて、シューバから聞いていた“とある薬師くすし”が開いている店へと向かうことになった。


 店は、住居から露店が並ぶ区画を抜け、小高い丘の上に建っていた。


「あ、いたいた」


「シューバ、あの人が?」


 とある薬師――シューバと幼馴染の女性が、丘の麓にいる二人を遠目ではあるが気付いた様子で、動きを止めてこちらに体を向ける。


「この距離で僕たちに気付くなんて、珍しいことがあるもんだ」


「……久々に帰ってきたからかな?」


「そうだといいんだけどね」


 シューバが店を見つめる目は、心なしか嬉しそうだった。




「あら? シューバ、あなたが人を連れてくるなんて珍しいじゃない。旅はもう終わったのかしら?」


 丘を登って店に入ると、棚に並べる途中の小瓶を片手に、こちらを向きつつも、目を瞑ったままの女性――ネルに出迎えられた。


「ネルの方こそ、さっき、僕たちに気付いていただろ?」


「あー……いえ、少し変わった風が吹いている気がしただけよ。それでたまたま向いた先にあなたたちがいたのね」


「そうだったのか……あ、この子はルクノウ。旅の帰りに出会ったんだ」


「初めまして、ルクノウといいます」


「よろしくね、私はネル。シューバに出会うなんて、災難な旅路だったでしょ?」


「ふふっ」と、柔らかく笑うネルに、ルクノウは一瞬目を奪われる。


 ネルは、村一番の美人だとシューバから聞いていたが、ルクノウに異論はなかった。


「まったく、酷い言いようだな」


 シューバは、嬉しいような恥ずかしいような表情で、ネルから目を逸らしていた。


「それよりも、ルクノウくんは“どんな子”なのかしら? 声からして、歳は私たちより少し下くらいかしら? どうしてこの村に来たの? シューバに誘われたから?」


「おいおい、探究心が人一倍なのはいいことだけど、客人にいきなりの詮索は嫌われるよ?」


「あら、ごめんなさい。ついつい気になっちゃって。気を悪くしないでね?」


 ネルが深々と頭を下げる。


「いえいえ、むしろ嬉しいです」


「ふふっ。シューバ、もう少しで休憩に入るから、いつもの奥の部屋でお茶でもして待っていてもらえる?」


「じゃあそうさせてもらうよ。いこうかルクノウ」


「うん。お邪魔します」


「どうぞー」


 ネルは手に持っていた瓶を棚にそっと置いて店番へと戻り、ルクノウとシューバは奥の部屋へと入っていく。




「で、どうだった?」


 案内された奥の部屋で席につくなり、シューバがルクノウへと問いかける。


「どうって言われても……シューバが言っていた通り、綺麗な人だったね」


「それはそうだけど……僕との“約束”を忘れたのかい?“できる限りの協力はする”って言っただろ?」


「そうなんだけど……」


「やっぱり、“星の雫玉”を見つけてから帰ってくるべきだったかな?」



 ――シューバの旅の目的は、“星の雫玉”だったのだ。


 それを知ったルクノウは、巡り合わせとはこのことかと軽く浮き足立っており、その勢いのまま“恋の手助けをする”などと、ガラにもない約束をしてしまったのだ。



 しかし、なぜシューバが万物を癒す力を持つとされている“星の雫玉”を探しているのかというと――



「あいつの目が見えるようになれば……」



「なに? 私の悪口かしら?」


 店番を終えて、裏口につながる部屋へとやってきたネルは、扉から半身で立ちながら、杖の持ち手をシューバにツンツンと当てる。


「ネルの悪口なんて誰も言っていないから、それをやめてくれよ」


「そうなの? まあいいわ。それで、旅はどうだったの?」


「ネルの言う通り、眉唾な噂だけが一人歩きしていたよ」


「ほらね? 万能薬なんて無いって言ってるじゃない。私はこれでも薬師なのよ?」


「ネルが立派な薬師なことは身に染みてわかっているよ。それでも、自分自身で調べてみたかったんだ」


「その気持ちは嬉しいわ。でも……何度も言うけど、私が要らないって言っているんだから、無理はしないでよね」


「今はいらないかもしれないけど、いつか必要になる時が来るかもしれないだろ?」


「そんな時は来ないわ」


 ネルの語気が強まったのを、ルクノウはヒリつく肌と共に感じた。


 だが、余所者である自分が仲裁に入るわけにはいかず、ただ二人を見守る他なかった。


「万が一……今の生活が嫌になる時が来るかもしれない。その時のために……」



「ねえ」



 ネルが静かに発したその一言で、三人に漂う空気がより一層張り詰める。


 それは、怒気を孕んだ言葉をネルに続けさせた。



「この生活がいつか嫌になるって? それじゃまるで今の私が不幸みたいじゃない」


「いや……不幸だなんて僕は一言も……」


 明らかにシューバの目が泳いでおり、言葉に詰まったことで沈黙が生まれ、張り詰めた空気を加速させる。


「もういい。やっと帰ってきたと思えばいつもそうよ。何にもわかっていないんだから。また旅にでもなんでも行けばいいわ」


「……ネルを怒らせるつもりはなかったんだ」


「早く出て行ってちょうだい」


「ごめん……少し頭を冷やしてくるよ。ルクノウ、ネルを少し頼めるかい?」


「うん……」


 外につながる扉をくぐるシューバの背中は、物悲しくも、謝罪の色を滲ませていた。




「ごめんなさいね。せっかく来てもらったのに」


 先ほどまでの張り詰めた空気はどこへやら、ルクノウの目の前には、ほんの少し前まで店番をしていた時のネルがそこに座っているだけだった。


「いえ……むしろ僕なんかがお邪魔して良かったのでしょうか?」


「いいのよ、シューバとも気が合いそうだし、私も嬉しいわ」


「それならいいのですが……」


「もう、ルクノウくんったら、シューバみたいにタメ口でいいのよ?」


「……わかったよ」


「……少し重たい空気になってしまったわね。私は見ての通りだから、みんな優しくしてくれるの。可愛いだとか、綺麗だとか。そんなこと言われても、私には嘘か本当かわからないのにね」


「誰も、嘘はついていないと思うよ?」


 数刻が二人の間に流れる。


 先に口を開いたのは、ネルの方だった。


「この世界はね、確かに広いけど、目で見えるものだけに頼っていると、肝心なことを見落としてしまうの」


「肝心なこと……」


「もし、私の顔が今と違っていたら、あなたは同じように接してくれる? 多分、簡単に答えは出ないと思うの。私だって言いたいことは理解しているつもりよ」


 ネルの杖を握る手に、少しだけ力が入る。


「“心の目”っていうのかしら? 私には、それしかないの。肌に触れる空気、鼻をつく匂い、耳にする音、美味しいものを食べる時だってそうね。きっと、“なんとなく”で捉えている物事には、追いかけるべきものを見失ってしまうことがあると思うの――って、どうしてこんな話をルクノウくんにしているのかしらね」


「ネルは凄いよ。普段僕が気にも留めないことを考えていてさ」


「すごいのはお師匠様よ。私なんて、薬師をやっているただの村娘なんだから。ルクノウくんと話していると、そのお師匠様のことを思い出すわ。私が薬師になれたのは、その人のおかげなの」


 並々ならぬ努力を積み重ねて、今があるのだろうと、ルクノウは口には出さなかったが、心の中でそう思っていた。



「ふふっ。それでね、彼は……シューバは、私のどこに惚れたのかしらね?」


「え?」


「気付いていないとでも思った? 何年一緒だと思っているのよ、バレバレなんだから」


「それについて僕から言えることは……」


「いいのいいの。さ、そのシューバを迎えに行こうかしらね。ルクノウ、ちょっといい?」


「はい?」


 ルクノウは、意地悪を企む顔をネルから向けられていた。




「……それは僕への当てつけかい?」


 店を背にして、丘から家屋を見下ろせる位置で待つシューバの前に現れたのは、ルクノウと、その右腕を両手で抱きしめるようにして歩くネルだった。


「いや、違うよ、ネルが……」


「わかっているよ。ネル、ルクノウも申し訳なかった」


「反省してるの?」


 ネルは、ルクノウの手を離して、シューバへと一歩近付く。


「うん……初めから僕が勝手に決めつけていたことだったんだ。ネルの本当の気持ちを見ようとしていなかったんだね」


「ほんとにもう……でも、探してくれたその気持ちは嬉しかったわ」


「ルクノウもありがとうな」


「僕は特に何も……“約束”も果たせていないし」


「約束? 二人とも何か約束していたの?」


「いや、ちが、ルクノウ、もうそれはもういいから」


「なになに、二人して隠し事? 私にも教えてくれたっていいじゃない」


 ネルは、ルクノウとシューバの方を交互に見る。


「これは男と男の約束なんだ」


「何が男と男よ。ルクノウより私のほうが付き合い長いんだから、融通しなさいよね」


「そういう話じゃないんだよ」


「二人は、本当に仲がいいね」


「どこが「だよ!」「よ!」」


 否定しつつも、照れを隠せていない二人の距離がわずかに近づいたことを感じて、ルクノウは優しく微笑むのであった。


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