巡り継がれる火
いつもの様に現れたファウステルに、“頃合いだ”と告げられたルクノウは、とある村へと向かう。
その村の近くに湖畔があるらしく、まずはそこを目指すことになった。
目的の湖畔に着くと、ルクノウを歓迎するように鳥が囀り、さまざまな動物が喉を潤しに来る。
『ようやく辿り着いたな』
ふっと身が軽くなったのを感じたと同時に、ルクノウはある人物に声をかけられる。
「タグナさん、お久しぶりです」
タグナ――ファウステルらと同じく“導き手”の一人である。
『おう。元気にしていたか?』
「はい、タグナさんも相変わらず。ローブは着ておられないんですね」
『あれは俺の身体じゃ動きにくいからな。それに、着る義務なんて無ぇからよ』
タグナは筋骨隆々の男で、イレーネのような煌びやかな装飾はなく、手首を掴んだほどの大きな銀板の腕輪をしており、本人が好む通り、身軽な服装をしていた。
『で、ここに来た理由は、ファウステル様から聞いているよな?』
「詳細はいずれわかるということでしたが、“原初の火”があるということをお聞きしました」
原初の火――火の精霊が人類にもたらした、叡智の起源となったものである。
「ですが……」
『このまま進めば村がある。その村へ着くまでに目にする光景で、お前ならそこへ行く意味がわかるだろう。俺らの導きは、単なる羅針盤に過ぎないからな。まあ、また着いたら話そうや』
ルクノウに、ここまでの疲れが重くのしかかる。
――タグナの姿は湖畔にはもうない。
日も暮れてきたので、ルクノウは翌朝ここを発つことにした。
差し込む陽の光と、鳥の囀りでルクノウは目を覚ました。
(のどかな朝だなあ)
湖畔で顔を洗い、身支度をしてから、ルクノウは村へと向かう。
――そこには、目を疑う光景が広がっていた。
焼け野原と化した森が広がっていたのだ。
進むにつれ、じわじわと焦げの匂いが漂ってはきていたが、こうも突然焦土に変わるものかと、ルクノウは首を傾げる。
(湖畔からまだそんなに経っていないのに……)
焦土に気を取られ、少しばかり歩いていると緑が散見されるようになる。
次第に緑が増え、先ほどとは打って変わって、緑が生い茂る場所へと出る。
――目的の村へと着いたのだ。
「ようこそ、イヴナス村へ。私はこの村の警護を任されているものだ。君は……見たところ、旅人だろうか?」
光る頭に目を奪われそうになるが、こちらの男性も筋骨隆々で、いかにも守護者といった風貌をしている。
「はい、そうです。この村は、なんだかすごく豊かですね」
「この方角なら、道中と比べてさぞ驚いただろ? 宿はあの看板のところにある。一度休んでからこの村をゆっくり見て回るといい」
「ありがとうございます」
男性が指差す方向に看板が一つしかなかったので、迷うことなく宿に向かう。
「お、何泊するんだ?」
ルクノウが宿屋へ入ってきたことを確認するなり、若い男性が鍵を差し出しながら問いかける。
「3日ほどでしょうか?」
「それなら余裕だな。まあひと月ほどなら自由にしてくれて構わない。それと、うちは後払いでいいが、飯はどうする? 紹介先なら安くできるが」
「では、紹介いただいた場所で食べます」
「わかった、話をつけておこう」
「ありがとうございます。そういえば、森がひどく焼け焦げているようでしたけど、山火事でもあったのでしょうか? ここは特に影響を受けてはいなさそうですが」
「ああ、それは精霊の気まぐれだな」
「精霊の気まぐれ?」
「わざわざこんなところに足を運ぶってことは、“原初の火”を見にきたんだろう? それがあるからこの村は守られていると考えられているが、周りの森にはその代わりのように時々山火事が起きるんだ。最近はその頻度もかなり多くなっててな」
「それが精霊の気まぐれ……ですか」
「そういうことだ。つい二、三日前まで火が上がっていたが、ちょうど落ち着いたようだな」
ルクノウはこの村のものから、山火事に対しての恐怖心が感じられなかった。
――それに、精霊が身近にあるようだった。
一度宿を後にし、“原初の火”を見に行くことにした。
「絶対におかしいですよ!」
(なんの騒ぎだ?)
ルクノウと同じくらいの歳だろうか。長い髪を一つに束ねた少女が、かけている眼鏡が揺れ動くほど必死に、何やら身振り手振りで村人たちに訴えかけていた。
「またなんか騒いでるな」
「ああ、山火事なんて精霊の気まぐれなのにな」
出店の客はいつものことのように、少女を冷ややかな目で見ていた。
「精霊の気まぐれなら、この村もじきに焼き尽くされてしまいますよ!」
「店前で騒がんでくれんか、商売の邪魔じゃ。せっかくの熟れた果実が腐ってしまうわ」
「あーあ! 絶対に! おかしいですからね!」
諭されるように、半ば引きずられながら、先ほどの警護の男性に連れられて行った。
「あいつのことは気にしなくていいからな。山火事の後になるといつもああなんだ」
「はあ……そうなんですね」
ルクノウは、遠ざかる少女を目で追いながら、“おかしい”という発言を思い出していた。
高々と上がる火柱に、ルクノウは触れずとも火傷してしまいそうな錯覚を覚える。
実際のところ、これほどまで近づいても、ほのかに暖かい程度であったが。
(これが……“原初の火”)
“原初の火”は、よく目にする火の色とは異なり、わずかに鮮やかな赤紫色をしていた。
「高いですよね、火柱」
先ほど連れられて行った、少女の声だった。
「もう大丈夫なんですか? 何やら揉め事のようでしたけど」
「見られていたんですか? これはとんだお恥ずかしいところを……」
「さっき言ってた“おかしい”って……何がですか?」
ルクノウの質問に、少女は真っ直ぐとした目で返す。
「この火、本来はこんなに高くないはずなんです」
「というと?」
「年々、徐々に勢いを増しているんです。でも、村の人たちは取り合ってくれなくて」
「それでさっきみたいになるんですね」
「その通りです」
少女は遠い目で、“原初の火”を見つめていた。
「お兄さんは、この火を見るためにここに?」
「そんなところです。あと、ルクノウでいいですよ」
「私はキオです。歳は十七で……ルクノウさんと同じくらいですかね?」
「僕も十七なので、一緒ですね」
「わあ、親近感! それじゃあルクノウくんって呼ばせてくださいね」
「好きに呼んでください」
「もー、つれないですね。敬語もなしです」
キオは、口元に指でばつ印を作る。
「わかったよ。それで、この“原初の火”って、一体どういうものなの?」
「説明しましょう。この火はですね、かつて火の精霊様が非力な人類を憐れみ、お与えになられた文明の種なのです。ま、この村の言い伝えのようなものです」
キオは、人差し指を立てて得意げに話す。
「その言い伝え、詳しく聞かせてくれない?」
「ええ、喜んで。まずはどこから話そうかな」
キオは少し考えた後、コホンと咳払いを一つしてから改まったように話し始める。
「生身の人間一人じゃ、到底生きていくには心許ないでしょ?」
「まあ、そうだね」
「それで、さっきも言った通り、火の精霊様が人類の始祖に“原初の火”をお与えになった。そのおかげで、古の生物からも身を守ることができたの」
「そして、今現在も人類は繁栄を続けていると」
「そういうこと。この火は精霊の気まぐれなんかじゃない。むしろ寵愛なの」
「寵愛?」
「火の精霊様はどういうわけか、人類にだけ火を授けた。そのおかげで私たちの生活は豊かになっているわけだけど。古の生物たちの中には、文明を持たずに滅んだものもいるわ」
「確かに……」
「この村は、その“原初の火”を絶やさないように、遥か昔から脈々と受け継いできたの。人類の繁栄を願って」
「そのためにできた村なんだね。でも、この火がこの村を守ってるって聞いたけど」
「それについては、私は少し違うと思ってる」
「違う?」
「山火事だって、頻度が年々上がってるっておかしな話でしょ?」
「不思議に思っていたんだけど、山火事の原因って?」
「それが、誰にもわからないの」
「わからない?」
「落雷の時もあるにはあるけど、いつも火の手が上がってから認識するからさ」
「そうなんだ……」
「でも山火事の後は土地が潤うんだ。この村みたいにね」
青々と広がる樹木と、見事に実る果実や作物。
この村が豊かなことには、そのような訳があった。
「だからって山火事が多すぎると、動物たちの住処がなくなっちゃうし、北にある湖畔だって枯れてしまうかもしれない」
「それとこの火が強くなっていることに関係があると?」
「そう、そこなんだよ! ルクノウくんは話がわかる子だね。村のみんなは精霊の気まぐれだっていうけど、このままじゃこの村も焼かれてしまうんじゃないかって思ってるの」
「あ、いたぞ!」
「あちゃー、見つかっちゃったか」
「もしかして、逃げてきたの?」
「撒いたと思ったんだけどね、失敗失敗。それじゃ、またね」
キオは平謝りで警護の男性のほうへ歩いていった。
(宿に戻るか……)
ルクノウは、この村に居ればキオにまた会えるだろうと思い、一度宿へと引き返すことにした。
『伴侶でもできたか?』
宿の自室へ入るなり、第一声がそれだった。
「タグナさん……」
『冗談だよ、冗談』
「見てきましたよ、“原初の火”」
『どうだった?』
「名前からイメージしていたより、随分一般的な焚き火のようでした。大きかったですけど」
『言うじゃねーか。まあ、実際ここの奴らは有り難みなんて感じちゃいないだろうな』
「そうですね、生活に馴染んでいるようでした」
『この様子じゃ、“祠”も廃れているだろうな』
「祠、ですか?」
『ああ、この村には東西南に祠があってな。火の精霊への感謝だかを祈るんだよ』
「北にはないんですね」
『北には湖畔があるだろ』
「湖畔?あの湖畔とこの村では距離がありますけど……」
『元はあの湖畔もイヴナスの一部だったんだ。もう忘れ去られているがな』
「そんなに広かったんですか……もしかして山火事で?」
『ああ、一度村は山火事で縮小を余儀なくされている』
(キオが言っていたことはあながち間違いじゃなかったんだ……)
『寵愛って言ったか? 欲張りな人類が独り占めしちまったのかもな。自然は巡るものっていうしな』
ルクノウの心の声を見透かされているようだった。
「火事だ!」
「水を回せ!」
宿の外から何やら物々しい声が聞こえてくる。
「タグナさ……んはもういないか」
一度逸らした視線を戻した時にはタグナの姿はなかった。
「どうしたんですか?」
ルクノウは店主の元へ行き、状況を確認する。
「突然火の手が上がったらしくてな。なんとか被害は最小限で食い止められたが、東の畑に広がったらしく、村の作物の一割が持っていかれちまった。ついに精霊の気まぐれも、村にまできたのか……」
「これも……精霊の気まぐれ……」
ルクノウの頭の中に、キオの言葉が浮かぶ。
(それとも……“寵愛”か)
「キオ! 大丈夫?」
宿を出ると、少し灰を被ったキオが、村の男性の肩を借りながら歩いている姿が見えた。
「あ、ルクノウくん! 私は平気。それより凄いところに出くわしちゃってさ」
「凄いところ?」
「ルクノウくんも、ちょっと着いてきてよ」
「着いていくって……」
「ついてからのお楽しみだよ」
「元気なら一人で歩いてもらおうか?」
キオを担ぐ男性が釘を刺すと、キオは小声で「ごめんね」と申し訳なさそうにしながら片手を縦にして謝罪の意を示す。
「あ、僕も手伝います」
ルクノウもキオの片側を支え、二人に付いて行くことにした。
「村長。連れてきました」
どうやらルクノウは、村長と会うことになったようだった。
(何か巻き込まれちゃったかな……)
「入れ」
ルクノウの想像よりも若い声が扉の向こうから聞こえてくる。
「私はここまでだから、後を頼めるかい?」
「わかりました。キオ、行くよ」
男性からキオを託されたルクノウは、二人で部屋の中へと入って行く。
「村長! 私はついにこの目で見ました。山火事が起きる瞬間を」
通された席につくなり、キオは村長へと言葉を投げかける。
一方の村長は、すらっとした姿勢の良い佇まいで、ルクノウと十ほどの歳の差をした好青年であった。
「それは、いつものホラか?」
「本当ですよ! それに、いつものもホラじゃないですし」
「そうかそうか。それで、どのようだったのだ?」
「私は少し気になって、東にある祠を調べていたんです」
(タグナさんの言っていた祠かな)
「そしたら、何か声が聞こえた気がして。それで振り返ると、“原初の火”と同じ色をした光がピカッと光って、そこからはもうみるみるうちに火が広がるから、急いでみんなに伝えなきゃって必死で」
「それで転んだんだな」
「あ、今バカにしましたね? 人が必死だったって言ってるのに」
「お前は昔からそうだ。自分のことをもっと客観的に見なければならないといつも言っているだろ」
「またその話? 隣に住んでいたあの頃とはもう違うんです!」
「客人の前でそのような態度を取るなど、まだまだ子供だな」
「な! ルクノウくんは話のわかる子だから、私の味方だもん」
「え……」
目の前で広がる旧知の仲同士と思われる攻防に、ルクノウはたじろぐ他なかった。
それを見かねた村長は、ルクノウへ話しかける。
「ルクノウくんと言ったかな。キオが迷惑をかけているようですまないね」
「いえいえ。僕はこの村に来たばかりなので、良くしてもらって助かってます。むしろ僕なんかがご一緒しても良いのでしょうか?」
「ルクノウくんは良い子なんだよ! 誰かと違って私の話もちゃんと聞いてくれて」
「まあ、キオがここまで言うなら同行させることにも何か理由があると思ってね。それでキオ、本題は? “原初の火”の色をした光と言ったね?」
「はい。やはり山火事は、精霊の気まぐれなどではなく、“原初の火”が関係していると思われます」
先ほどの雰囲気とは一変して、キオは真面目なトーンで応答する。
「やはりか……」
「“原初の火”は、自然に返すべきかと」
(自然に返す?)
「ルクノウくんに言ったよね、この村は火を受け継いできたって」
「うん。そのための村だって」
「そう。でもそれは私たちの先祖が勝手にしたことでしょ? 元はと言えば、目的があって授けられたものだし」
「でも、せっかくの伝統を消すなんて……」
「ああ、それには私も同感だ。第一、村の者たちが納得してくれるはずもない」
「だからってこのままじゃ……近い将来に村は……」
しばしの沈黙が3人の間を流れる。
部屋へ差し込む雲間を抜けた陽の光が、ルクノウの瞳を照らす。
(こんなことがあっても、空は……)
「あ、」
思わずルクノウの声が漏れる。
「どうかしたのかい?」
「あ、すいません。ただ、火を消さなくても良いかもしれないと思って……」
「なになに? 聞かせて!」
ルクノウは、キオから羨望の眼差しを向けられる。
「えっと……陽の光って、昇っては沈むを繰り返すじゃないですか?」
「ん? うん、そうだね」
「ここの土地も、一度焦土になってから豊かになったと聞きました」
「ああ、いかにも」
「そうだったの?」
「村長になって間もない空、古い書物にそう記されているのを見たことがある」
「……つまり、“自然は巡るもの”なんです」
(タグナさんの受け売りだけど……)
「続けてくれたまえ」
「はい。“原初の火”も最初は人類が自然と巡るための一助だったはずです」
「それを、私たちの先祖様が後生大事に受け継いできたってわけだもんね」
「だからといって伝統を無碍にするわけにもいかない。それであれば、火を自然に返すのではなく、陽の光のように巡らせれば良いのではないでしょうか」
「陽の光……」
ルクノウの言葉を受けた村長は、しばし考える。
「あ! そういうことか!」
村長よりも先にキオが口を開く。
「どうかしたのか?」
「祠だよ!」
「……そういうことか!陽の光のように、東西南に位置する祠へと移せば、火もまた巡ると!」
(上手く伝わってよかった……)
「よそ者の意見なので、他人事には変わりないですが……」
「いや、とても貴重な意見だ。一度こちらで話し合わせてもらおう。キオ、上のものたちを呼んでくれ。もう歩けるな?」
「はい。わかりました」
村のなかで行われた話し合いの末、ルクノウの提案通り、“原初の火”を移すことになった。
火は一度に三箇所へと移すのではなく、季節の移ろいにあわせて、太陽が空を巡るように東南西へと順に移すことで、火を一つの地に留まらせることなく、伝統を守る道を選んだ。
もちろん、話し合いは三日三晩にわたり、とても順調と言えるものではなかった。
数日後、人々は様々な思いを抱いたまま、“原初の火”が巡り行くのを眺めていた。
元々“原初の火”があった場所には、後日、像が建てられるそうだ。
「ルクノウくんが言ったように、これで何かいい方向に進めばいいね」
「そうだね、そう願っているよ」
イヴナス村が、この日を境に世界有数の色彩豊かで広大な土地になるのは、まだ誰も知らない少し先の話である。




