第八話 闇の中で
第八話 闇の中で
坂本城の地下、ひんやりとした静寂が支配する訓練場には、各地から集められた身寄りのない孤児たちが集められていた。その中に、ひときわ小柄なキキョウの姿がある。
多羅尾光俊は、光秀から「この子は特に目をかけてやってくれ」と頼まれていた。当初は五歳の幼子に何ができるかと思っていた光俊だったが、その考えはすぐに改められた。
キキョウの集中力と、痛みを痛みと感じぬような虚無的な素質は、他の子らを遥かに凌駕していたからだ。
それから毎日、地獄のような修練が続いた。
剣術、潜入術、そして急所を一突きで貫く暗殺術。さらには各国の情勢から、織田家に仇なす大名、その家臣の家系図に至るまで、膨大な知識が頭に叩き込まれた。
周囲の子らが毎日泣き叫びながらしごかれる中、キキョウだけは、ただの一度も涙を見せなかった。
ある日、修行の合間に玉がひょっこりと地下を覗きに来た。
「ど、どうじゃ? 修行は……。たまには遊び相手をしてやらんでもないぞ? ほら、菓子をやろう」
玉も、キキョウと顔を合わせる機会が減り、内心では気にかけていたのだ。差し出されたのは、色鮮やかな京菓子だった。
「……ありがたき幸せ」
キキョウがそれを一口かじる。
途端、懐かしい甘さが口いっぱいに広がった。かつて越前の戦場で、光秀から分け与えられたあの温かな菓子の記憶が蘇る。
堪えていたものが、不意に目尻から溢れ出した。
「そ、そうか、そんなに美味かったか! ほら、まだあるぞ?」
玉は驚きながらも、次々と菓子を差し出す。そして、言いにくそうに小声で付け加えた。
「……いつぞやは、済まなかった」
キキョウが不思議そうに首を傾げると、玉は顔を赤くして言い募る。
「仏像のことよ! あのような酷いことを……」
「ふふ」
キキョウの口元に、柔らかな笑みが浮かんだ。
「姫様が謝るようなことではございませぬ……」
「そ、そうか。許してくれるか? わらわたちは友達じゃ。わらわも困った時はそなたを助けるからな!」
それから四年の月日が流れた。
天正七年。玉は十二歳、キキョウは九歳となった。
光秀がいよいよ丹波攻略の軍団長として本格的に動き出し、準備のために坂本城へ帰還するという報せが入る。
多羅尾光俊は、生き残った子供たちの前に立った。
「いよいよ、お主たちの技が日の目を見る時が来た」
当初は三十人以上いた孤児のうち、厳しい修行と脱落に耐え抜き、今日この場に立っているのはわずか十名。キキョウはその筆頭として、闇に溶け込むような鋭い眼光を宿していた。
二十人の仲間を土に還し、キキョウは「明智の忍び」として完成されつつあった。




