第十九話 異世界へ
第十九話 異世界へ
それからしばらくの間、天海と果心居士は家康の怪しげな相談役として駿府城の奥深くに居座った。
「ううむ、近頃の家康様は、何故あのような得体の知れぬ者共を使われるのか……」
「しかし、見よ。上様はますますお若くなられ、このままでは豊臣を飲み干す勢いだぞ」
徳川の家臣団が遠巻きに囁き合う中、天海は家康に、世を覆す冷徹な策を授けていた。
「家康よ、京都方広寺の鐘に刻まれた文字を知っておるか」
「は、ははあ……存じ上げませぬが」
「『国家安康』、そして『君臣豊楽』。これをお主はどう見る」
家康はまじまじと写しを見つめ、無邪気に答えた。
「ほう、実によき字体にござる」
「たわけ」
天海の冷ややかな声が室内に響く。
「これを豊臣を滅ぼす種にせよ、と言うておるのだ」
「何故にございますか?」
「見よ。家康という名を真っ二つに斬っておるではないか。さらに豊臣こそが君として楽しむと言うておる……」
「ほおぉ……!」
「まだ分からぬか。これは徳川を敵対視し、呪い殺すための不吉な言葉よ」
「さ、左様でございましたか……! ならば早速、豊家を討つ策を講じまする!」
「たわけめ。早うせねば、そなたの寿命も尽き果てるぞ」
天海の助言を得た家康は、その後、大坂の陣を経て豊臣家を完全に根絶やしにした。徳川の世は盤石となり、天海としての「光秀」の役割は現世で終わりを告げようとしていた。
果心居士が、霧のように天海の隣に現れる。
「これで現世に思い残すことはござらんのでは?」
「そうだな……。どこか、もっと面白い異世界で暴れてやろうか、果心居士よ」
「ええ。そう仰ると思い、佐々成政を連れてきております。こやつの抱く『黒百合の呪い』は、異界を枯らす力となりますぞ」
「よし……では参るか」
天海が錫杖を振ると、現世の駿府城の庭に巨大な裂け目が生じた。
「さらばだ、家康。あとは骸に守られた太平の世を楽しむが良い」
異形の老人二名と、呪いを帯びた一人の武士が、混沌の渦へと消えてゆく。
その先にあるのは、キキョウが九尾の忍びとして戦う魔界か、あるいは未知の戦場か。




