第十八話 天海
第十八話 天海
一方その頃。キキョウに刺された光秀は、薄れゆく意識の淵で、一人の男を見上げていた。
「き、貴様……果心居士、か……?」
「ふ、光秀様。お久しゅうございますな」
戦国を揺るがした幻術師・果心居士が、指先で空間を裂く。光秀はその漆黒の亜空間へ放り込まれ、キキョウとはまた別の異界へと連れ去られた。
光秀はそこで名を「天海」と改めた。異界の瘴気と果心居士の妖術を学び、やがてその魔導の力で世界を席巻するに至る。
「ふははは。何故だ、この力は……。ここへ来る前、何者かに刺された気がするが、その折に魔導を帯びたか」
光秀は自らの掌を見つめた。
「あるいは、私は最早生者ではないのかもしれぬな。このような幻術師に助けられているようでは、どのみち、まともな死に方はしておるまい……」
果心居士が不敵に笑う。
「光秀様。現世ではあの家康が天下を治めているとか……。少し、冷やかしに行きませぬか?」
「家康……うむ、名は聞いた記憶があるな」
「憎き相手ではあろうかと思いますが……」
「構わぬ。面を見れば、何か思い出すやもしれん」
光秀は空間を削り取り、現世の駿府へと飛んだ。
静謐な空気が流れる駿府の地に、異形の老人二人が、蠢く肉の塊を引き連れて降り立つ。
「曲者だ! 家康様のお膝元、駿府城に肉の塊が現れたぞ!」
城内は一瞬で騒乱の渦に包まれた。駆けつけた家臣団が武器を構える中、果心居士がため息をつく。
「なんじゃ。せっかく不老不死の肉を持ってきてやったというのに、追い払うとは」
「まあよい。……家康は、おるか?」
「貴様らジジイども! 征夷大将軍、家康様を呼び捨てに……!」
「若造ではないか。……控えよ」
騒ぎを聞きつけた徳川家康が、庭先へ姿を現した。その顔が、驚愕に凍りつく。
「あ、ああ……まさか……」
「おお、そなたが家康か」
「山崎で死んだはずでは……光秀殿!」
「ふ。私は今は天海と名乗っておる。……何か、手伝ってやろうか?」
「信じられん……生きていたとは……」
家康の震える声に、天海(光秀)は冷酷な笑みを浮かべた。
「ふふ……生きている人間に、このような真似が出来ようか?」
天海が地を叩くと、土を割って無数の骸兵が這い出してきた。朽ち果てた鉄砲を構え、一斉に家康へと銃口を向ける。
「な、なんという事じゃ……」
家康が見たのは、かつての教養高き名将の成れの果て――復讐と魔導に染まった、生ける亡霊の姿であった。




