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『桔梗の介錯〜戦国に散り、異界に咲く〜』  作者: A古町
地獄への入り口

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第十四話 本能寺 明智に消された 天下の夢

第十四話 本能寺 明智に消された 天下の夢

領地替えという屈辱は、序章に過ぎなかった。


光秀が信長との間に立ち、懸命に所領安堵の約束を取り付けていた四国の長宗我部元親に対し、信長はそれを反故にして秀吉に攻め込むよう命を下した。光秀の面目は完膚なきまでに叩き潰された。


そんな折、光秀はキキョウを連れ、とある神社に参拝した。


「……何を願われますか、殿」


「神頼みは人に言わぬものよ」


光秀は静かに微笑み、おみくじの棒を振った。


「……凶、にございますな」


「……もう一度だ」


ムキになる光秀だったが、二度目も凶。三度目にようやく「吉」が出た。


「ふふ、これこそが私の運の強さだ!」


(なんとも子供心を忘れぬお方……)


キキョウは可笑しそうに見つめていたが、その奥にある主の壮絶な覚悟を、肌で感じ取っていた。


いよいよ秀吉の援軍として出陣の時。光秀は愛宕山にて連歌を興行し、歴史に刻まれる一首を詠む。


「時は今 あめが下しる 五月かな」


土岐とき氏の流れを汲む者が、天下あめがしたを治める――。その秘めたる決意に、キキョウだけが密かに震えた。


天正十年六月一日、夜。


亀山から進軍を開始した光秀は、老ノ坂の峠で軍を止めた。一握りの重臣を集め、光秀は運命の問いを投げかける。


「皆……どちらへ行きたいか?」


「殿? ここは真っ直ぐ秀吉殿の陣へ向かうべきでは?」


秀満と利三が怪訝そうに問う。


その静寂を、キキョウの声が切り裂いた。


「……京、本能寺の信長公へ『ご挨拶』をしてから発つべきかと」


「ふむ。なるほど、それも道理か」


光秀の瞳に、宿命の灯火が宿った。


その頃、本能寺では信長が囲碁の対局を観覧していた。


だが、盤上に現れたのは不吉な「三コウ」。坊主たちは気味の悪さを覚え、その日のうちに寺を去った。静まり返った本能寺に、夜霧が立ち込める。

明けて六月二日、未明。


一万三千の軍勢が、静かに本能寺を包囲した。秀満も、利三も、ここに至ってようやく主君の真意を悟る。


「……殿。やりまするか」


光秀が軍配を振り下ろした。


「敵は、本能寺にあり!!」


「おおおおおっ!!」


誰よりも早く、キキョウが叫んだ。その叫びは怒涛の勝鬨となり、眠りについた京の街を揺るがした。


本能寺の寝所。静寂を破る雄叫びに、信長は飛び起きた。


「蘭丸! なんじゃあの騒ぎは!」


蘭丸が血相を変えて障子を蹴破る。


「む、謀反にございます! 」


「誰か! ?よもや我が息子、信忠ではあるまいな!?」


「……旗印は水色桔梗。敵は……敵は惟任日向守これとうひゅうがのかみ!」 


「なに……光秀か」


信長は一瞬の沈黙の後、低く、狂気を含んだ笑い声を漏らした。


「ふ……是非に及ばず……!!」


戦国最大の夜が、ついに幕を開けた。

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