第十一話 決裂
第十一話 決裂
黒井城を守る波多野秀治もまた、赤鬼に劣らぬ猛将であり、丹波の峻険な山々を味方につけた戦いぶりは一筋縄ではいかなかった。
光秀はキキョウら忍びを縦横無尽に走らせ、周辺の豪族を抱き込みながら着実に包囲網を狭めていく。
キキョウは冷徹に任務をこなしていた。波多野秀治が打って出た際の激突では、混戦に乗じて敵の将の一人を鮮やかに捕縛してみせる。
「な……まさか、このような小娘の縄にかかるとは!」
光秀の前に引き立てられた将は屈辱に顔を歪めたが、波多野側もさるもの。光秀の家臣数名を捕らえ返し、戦況は膠着状態に陥った。
「何か手はないか……」
光秀が焦燥を募らせる中、軍議では利三も秀満も「兵糧攻めで時を待つべき」と繰り返す。そこへ、またしても信長からの使い番が飛んできた。
「信長様より下知! 敵と人質を交換し、和睦を結ばれよとのこと!」
「和睦……? あの信長様が、か?」
光秀は耳を疑った。殲滅を是とする主君の変心。その裏に何があるのか。だが、和睦を結ぶには、こちらからも相応の身分の者を人質に出さねばならぬ。
光秀が苦悩していると、陣幕を割って意外な人物が現れた。
「光秀……わたくしが参りましょう」
「母上!? 何故このような戦場に……」
「信長様より、光秀を励まして参れと言われましてな。織田の第一の功臣の母なれば、波多野も無下には扱いますまい」
「しかし、それはあまりに……!」
反対する光秀を制し、母は静かに微笑んだ。
「キキョウ……母上を頼むぞ」
「御意」
キキョウは脇差を握り直し、その小さな背中で光秀の不安を背負った。
和睦が成立し、いよいよ人質交換の刻限。光秀の陣には、信長直属の家臣団が乗り込んできた。
「何故、直臣の方々が?」
「人質は我らにお渡しを。信長様からの命にござる」
キキョウが捕らえていた波多野の家臣を引き渡した、その瞬間だった。織田の直臣たちは、その場で迷わず刀を抜き、捕虜を斬り捨てたのである。
「な……何をする! 信長様は和睦せよと仰ったはず!」
光秀が叫ぶが、直臣は返り血を拭いもせず冷淡に言い放った。
「気が変わられた、としか言えますまい」
「そんな……! このようなことが波多野に知れれば、人質となっている母上が……!」
「心配ご無用。既に和睦の手切れは波多野へ通達した。明智殿、存分に戦にて手柄を挙げられよ」
光秀の目の前が暗転した。信長は、最初から和睦など望んでいなかったのだ。母を、光秀をさらに追い込むための道具として利用したに過ぎない。
(……殿!)
その場に居合わせたキキョウの瞳に、かつてない激しい怒りの火が灯った。




