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021

(このままジャ、皇子様がやられちゃウ!なんとカ、なんとかしなキャ!)


 ミーシャはどうにかしてレオンを元気づけなければと、必死になって考える。


(でもどうやっテ)


 頭を振った瞬間、胸元の揺れる青い宝石が目に入った。


(そうカ。でモ---)


 彼女の頭の中に閃くものがあった。それは彼女にとって辛い決断であるはずだった。

 だがミーシャは一瞬もためらうことなく、その選択肢を選んだ。


「セレス様、こう言っテ」


 そう言って、彼女はセレスの耳に何ごとか囁く。

 セレスの目が、ぱっと見開かれた。黒曜の瞳が大きく揺れ、眼鏡の奥で迷子のようにぐるぐると回っている。


「あなた、こんな時に何を言って---」

「いいから、早ク!」

「いや、しかし・・・」

「早クッ!早く言っテッ!」


 いつもならセレスは一蹴し、相手にもしなかっただろう。

 だが、この時ばかりはミーシャの迫力に気圧された。

 セレスは、大きく息を吸い、半ばヤケになって叫んだ。


「殿下っ!勝ったら、キスしてあげますっ!」


 その声に人形の像が一斉に動きを止め、振り返る。


《はぁ?こんな時に何を言っているんだ?恐怖で気でも狂ったのか?それならそれで、もっと“らしい”悲鳴をあげなよ。つまらないな》


 人形たちは不快げにミーシャとセレスを睨みつける。

 だが---


「そんな条件出されるとは・・・。ふふっ、なら勝つしかないな」


 レオンが双剣を握りしめ、再び立ち上がっていた。

 雷を帯びた全身が青白く光り、その中で紅い瞳がひときわ輝いている。


《バカな?!指一本、動かせるはずがない!》


雷装の再鍛ペルクナス・リフォージ。雷の力で、直接、肉体を操作する技だ。本来は、肉体の制限リミッターを解除するための技なんだがな、ちょうどいい。さて---」


 驚きの声を上げるノアに、今度はレオンが薄く笑って見せる。 


迅雷の刻影ライトニング・ファントム!」


 レオンの詠唱とともに青白い残像が弾ける。広間に散った5体の分身が、一斉に双剣を構えた。


「今度こそ決めさせてもらう!」


 6人のレオンが踏み込み、双剣---計12本もの神与の宝剣を振るう。切り刻まれたスライムの肉片が飛び、迅雷に焼かれて行く。


《くそっ!僕は無敵なんだ!負けるはずがないっ!》


 ノアは切り刻まれる端から再生し、逆になんとかレオンを呑み込もうとする。増殖し、自ら飛び散り、また増殖する。


(ちぃ・・・!)


 切り刻み、焼き払うレオンと増殖を繰り返し、呑み込まんとするノア。互いの力は完全に拮抗していた。

 しかし、再生を続ける相手ノアに対し、レオンの肉体と魔力は限界に近い。

 あともう少し、あともう一手足りない。連撃を繰り出すレオンの心にわずかに焦りの色が浮かぶ。

 だがその瞬間、獣人族の魂の叫びが部屋一杯に響き渡った。



「勝ったら“舌”も入れてくれるっテ!!!」



 訪れたのは刹那の静寂。そして---爆発だった。


「「「らぁぁぁッッッ!!!」」」」


 次々に切り飛ばされる肉片が、閃光の海に沈んで塵と化し、その塵すら分解し、無へと帰っていく。

 紅瞳ルビーに宿る黒炎が、かつてないほどに燃え盛っている。

 レオンの身体は全身を圧倒的な高揚感が包まれ、細胞の一かけらにまで活力がみなぎっていた。

 セレスとのキスのためなら、死すら乗り越えて見せる。少年レオンは、そういう生き物である。それ以上ともなれば、もはや万能薬エリクサーそのものであった。


《僕は無敵だ!無敵なんだぁぁぁ!!》


 粘海の大半を吹き飛ばされたノアが、全体を大きく震わせ、もう一度、再生しようとする。


「ふん。そろそろカーテンコールの時間だ。脇役には速やかにご退場いただくとしよう」


 レオンはそう言って、双剣を両脇に引きつけて身を低くし、分身たちとともに突撃の姿勢をとる。


「我が操るは雷神の怒り。降り注ぐ万雷にて、今宵の劇に幕を引こう。 葬焉天雷(ラグナロクブリッツ)終章(フィナーレ )!!」


 レオンの描く軌跡に、辺り一面を白く染め上げるほどの雷の嵐が降り注ぐ。


《やめ――やめろォォォ――!》


 圧倒的なまでの稲妻の奔流に、スライムの身は裂かれ、焼かれ、消滅していく。断末魔の悲鳴も轟く雷鳴に呑まれ、溶け落ちて行った。


「ふぅぅぅ・・・・、痛ててて」


 最後の一撃で力を使い切ったレオンは、全身を焼く痛みに苦笑いを浮かべつつ、膝をついた。

 雷装の再鍛ペルクナス・リフォージの反動で、レオンの肉体はとうに限界を超えていた。ましてやその状態で奥義を放つなど、自殺行為に近いものだった。


「・・・ごめん、セレス、ミーシャ。少し眠るよ」


 レオンはそう言って、その場に仰向けに倒れた。視界がかすみ、やがて暗くなる。


「殿下っ?!殿下っ!」


 ようやく動けるようになったセレスが、うずく痛みをこらえつつレオンに駆け寄る。


「大丈夫ですか?殿下っ?!」


 セレスがレオンの頭を膝に抱え、口元に耳を添える。

 彼の口からは、すうすうと穏やかな寝息が聞こえるだけだった。

 セレスの肩から力が抜ける。ほっと胸をなで下ろした。


「ねぇ、セレス様。皇子様は大丈夫?」


 ミーシャが心配そうにレオンの顔を横から覗き込む。


「ええ、今は寝ているだけのようです。そのうち目を覚ますでしょう。」


 そう言ったセレスが、腰につけていたポーチを漁り、小さな薬瓶を取り出した。中にはどろりとした緑色の液体で満たされており、回復薬ポーションとのラベルが張り付けられている。


「・・・仕方ありありません、これは治療行為ですから」


 頬を赤らめ、しばらくじっと薬瓶を見つめた後、言い訳するようにそう呟き、ぐっと中味を呷る。

 そしてレオンの顎に引いて唇をわずかに開かせると、自分の唇をそれへと重ねって言った。


「ミャッ!」


 間近で見ていたミーシャは、恥ずかしくて思わず目を覆う。指の隙間から覗いた光景に、耳まで真っ赤になった

 わずかな水音とともに、薬液がレオンの口の中へと流し込まれて行く。


「ふぅ・・・」


 唇を離したセレスが、小さくため息をつく。

 彼女の瞳は、そのままじっとレオンの顔を覗き込んでいた。指先で顔にかかった金髪をそっと払う。


「まったく、貴方はどこまでが本気なんだか・・・」


 彫像のように整った顔立ちのくせに、レオンはいつも優しい笑みを湛えている。ひどく少年こどもっぽい言動をしてみせたかと思えば、ときどきドキリとさせるほど大人びた眼差しをしてみせる。


「殿下・・・」


 そんなレオンの顔を見つめるうち、セレスは吸い寄せられるように、もう一度唇を重ねた。

 2度目のキス---それになんの意味があったのか。彼女の中では、まだはっきりとは形にはなっていない。だが、こころの奥にしまい込んでいたものが、ほんの少し顔をのぞかせる、そんな気がしていた。

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