第77話:娑婆と元カノ
一礼をして、俺は刑務所をあとにした。
誠実に生きよう。
そう、強く心に決めたのだ。
「チッ……」
看守は小さく舌打ちをして、俺の足元に唾を吐いた。
どうせ、おもちゃが一つ減った、とでも思っているのだろう。
以前の俺なら殴りかかっていたかもしれないが、今は違う。
もうあんなところには戻りたくない。
「……くそぉ」
震える腕をさすりながら、家に向かって足を進めた。
獄中では、暴力団の奴らにボコボコにされていた。
俺は毎日のように地獄を見て、あいつらはものすごく幸せそうだった。
やっとだ──やっと、俺は解放された。
少し歩いたら、長い髪の女が後をつけてきていることに気がついた。
初めは偶然後ろを歩いているだけだと思ったが、どうやら違う。
俺が歩く速度を変えると、女も同じように合わせてくる。
「──んだよ」
「え……?」
振り向くと、女は少しだけ照れたように微笑む。
気味が悪くて、思わず一歩後ずさる。
しかし、女の声を聞いたら、その恐怖に似た感情はまるで最初からなかったかのように消え失せた。
「久しぶりだね。龍生くん」
「冬美……か?」
数年ぶりに会った元カノは、元よりも細くなっていた。
骨の形が浮き出ていて、健康とは言い難い状態だ。
「ひ、久しぶりだな……」
冬美は俺を恨んでいるに違いない。
ここは誤って逃げたほうが……
「ごめんな」
「──なにが? 私、龍生くんに会いたくて毎日ここで待ってたの」
「怒ってないのか」
「怒る理由がないもの」
そう言って冬美は小さく笑う。
刑務所では冷たい目しか向けられてこなかったので、彼女の温かい瞳がやけ新鮮に感じた。
刑務所の中で夢に描いていた娑婆にようやく辿り着いたのだと、胸の奥がきゅっと苦しくなる。
「龍生くんは、今からどこに行くの?」
「どこって──家だけど」
「もうないよ」
「…………は?」
その言葉を理解するまで時間がかかった。
冬美によると、出所した親父がお金を得るために売りに出したらしい。
出所していたなんて、今初めて知った。
一度くらいは面会に来てくれてもよかったのに、と思うがすぐにありえないと殴られたような思いになる。
「よかったらさ、私の家に住むのはどうかな」
「そんな迷惑はかけられない」
「うんん、全然迷惑じゃないよ。彼氏と一緒に過ごしたいに決まってるじゃない」
彼氏、か。
俺は別れていると思っていたのに、彼女は違ったらしい。
「──ありがとう」
「ふふっ、どうして泣いてるの?」
「いや……ちょっと嬉しくてな……」
俺は冬美に手を引かれたまま、彼女の家に足を踏み入れた。
この時の俺は、これから起こることなど、何も知らなかった──。




