第75話:伝えたい想い
学校から龍生と冬美が消えた。
二人とも理由は違えど、退学したのだ。
暴力団が学校に侵入した事件から早くも2ヶ月が経ち、今日は12月31日──大晦日だ。
我が家では久しぶりに父さんが帰ってきて、今日はパーティだ。
「今年はどっちが勝つかな〜」
妃菜は紅組と白組に別れて、歌を競い合うテレビ番組に釘付けな様子。
最近の曲に疎い俺でも知っている曲が何度か流れ、3人で大合唱した。
ご近所さんに怒られたら、みんなで謝りに行こう。
今日の俺たちはいつもより強い気がした。
──ピンポーン♪
時計の短い針が『11』を指した頃、インターフォンが鳴った。
父さんは普段よりも身だしなみに気をつけて、早足でマンションのエントランスに向かう。
「今日のおじさん、様子がおかしいね」
「デートだってさ」
「ふ〜ん。──え! デート!?」
耳元で叫ぶのはやめてくれ。
今好きなアーティストが歌って──
「ちょっとそれ詳しく」
「あ……」
テレビの電源を切って、妃菜は俺の肩を強く揺らした。
今までに見たことのないくらいの驚いた表情を浮かべている。
開いた口は塞がらず、「えーーー」と息が切れるまで声が漏れ出ていた。
「会社の後輩らしいよ。先月から2週間に1回デートに行ってる」
「そんなの聞いてない!」
「だって言ってないもん」
「むむむ……なんで教えてくれないの!」
眉間にシワを寄せて、妃菜はポカポカと背中を叩いてくる。
俺も最初聞いた時は驚いた。
しかし、同時に俺を男手一つで育ててくれた父さんには幸せになって欲しいと思う。
相手の人を話す父さんの顔は、いつにも増して嬉しそうだった。
「でもそっか──何歳になっても恋していいんだよね」
妃菜は独り言を呟くと、『恋』という単語が引っかかったのか、何度か繰り返し口に出していた。
やっぱり妃菜も恋愛に憧れがあるらしい。
ドクン──と胸が大きく跳ねた。
家で一緒に年越しをするだけなのに、彼女はいつも以上にお洒落をしている。
太ももがほとんど顕になっていて、無意識のうちに視線が吸い込まれる。
「ちょっと……ひーくん見すぎ」
「あ、ごめん」
「ひーくんなら許すけど」
さっきからやけに目が合う。
龍生に勝ったら妃菜に告白すると決めたものの、今まで勇気を出せなかった──俺はヘタレだ。
暴力団が学校に侵入したあの日、言うと決めた『好きです。付き合ってください』は、なにか違う気がした。
今まで何度も助けられたのに、そんな在り来りな告白では胸の内を伝えきれない。
死にたいと思ったとき、いつも寄り添ってくれた妃菜。
俺にとって、いつの間にか彼女はいなくてはいけない存在になっていた。
「妃菜──」
「は、はひっ──!」
体を硬直させて、妃菜は俺の目を見つめる。
ほんのりと頬が赤くて、唇はとても柔らかそうだった。
「その、一回しか言わないから、ちゃんと聞いてて」
「うん。わかった」
ごくん、と固唾を飲み込んだ。
強く握りしめた拳から汗が滲み出る。
「今まで何回も死にたいって思った。でも……ずっと妃菜が助けてくれた。妃菜がいるから、学校に行こう。って思えたし、死にたくないって思えた」
胸がキュッと痛くなる。
喉まで出かかっている言葉が、あと一歩を踏み出せない。
「ずっと、妃菜のおかげで楽しかった」
ずっと、伝えたかった。
「妃菜の笑顔が好き。怒ったら膨らむほっぺが好き。困ったときに助けてくれるところが好き。でも──」
俺は妃菜の手を握った。
一瞬びっくりしたように震えたが、すぐに握り返してくれた。
「これからは俺が妃菜を助けたい。辛いことも幸せなことも、全部共有し合いたい」
妃菜となら──どんなことだって乗り越えられる。
「妃菜の全部が欲しい」
「──っ、私も、ひーくんの全部が欲しい」
糸が切れたように、妃菜は声を上げて泣いた。
小さい背中をそっと抱き寄せる。
今までの人生で一番長い夜は、まだ始まったばかりだった。




