第71話:俺は浮気された
突然現れたパトカーを前に、疑問系だった頭の中はすぐになるほど、とスッキリする。
日向家は親子揃って犯罪者だなんて──警察も驚いただろうな。
唐突に込み上げてきた笑いを堪えるので精一杯だった。
「おい、なんだあれ……?」
ざわざわとギャラリーが騒ぎ出す。
警察官たちは脇目も振らず、地面にへたり込んでいる龍生のもとへと力強い足取りで歩み寄った。
「──日向龍生だな。令状が出ている。同行を願おうか」
「な、なんだよお前ら……! 俺はただ、ここでサッカーをしてただけだろ!」
往生際悪く怒鳴る龍生に対し、先頭の警察官が冷徹な声で告げる。
「昨日逮捕された暴力団のボスのスマホに、お前との通話記録が残っていた。お前が裏で奴らを動かし、数々の悪事に加担していた証拠は全て揃っている。言い逃れはできんぞ」
その言葉を聞いた瞬間、龍生の顔から一気に血の気が引いた。
「嘘だ、そんなはずはねえ! 俺は完璧に隠れて指示を出してたはずだ、なぁッ……!!」
顔を真っ青にして絶叫する龍生の両腕に、カチャリと冷たい手錠がかけられる。
どれだけ暴れようとも、鍛え上げられた警察官たちに抑え込まれ、引きずられるようにしてパトカーへと連行されていく。
ギャラリーからは「マジかよ……」「暴力団と繋がってたのか」「最低だな」と、軽蔑と嫌悪の入り混じった視線が容赦なく龍生の背中に浴びせられていた。
俺の時と同じで、彼らは口を揃えて龍生を心底軽蔑した。
他の国の誰よりも社会的排斥を恐れる日本人の欠点とでも言える。
自分がされたときは死にたい思いでいっぱいだったが、俺を貶めていた龍生が的にされるのは、心から気持ちがいいと言える。
小さな足音を鳴らして、隣にいた妃菜はこちらに体を向ける。
「……終わったんだね、ひーくん」
「ああ、終わったよ」
妃菜の手を優しく握り返しながら、俺はパトカーが去っていく校門を見つめた。
地獄に堕ちたクズに、かける言葉など何一つない。
俺の心には、もう一辺の未練も残っていなかった──はずだった。
◇
今朝、龍生から送られてきたメッセージを撫でて、私は鼻水を啜った。
『今日の放課後 サッカーコート』
事件のときの私の失言のせいで、一切連絡を取れなかった龍生からの久しぶりのメッセージだった。
仲直りのチャンスと思い、少しだけ浮かれて放課後を待っていた私がバカだった。
放課後、サッカーコートは大勢の人で賑わっていた。
どうやら龍生と響きが1対1のガチの勝負をするらしい。
もちろん私は龍生を応援した。
しかし、数ヶ月前までは龍生に尻尾を振っていた女子も、今では響に黄色い声援を送っていた。
「どうしてあんな男を……」
響の悪いところを思い出そうとするが、なぜかあまり思いつかない。
──しかし数時間後には響への怒りで爆発してしまいそうだった。
◇
「嘘つき──本当に最低。『龍生くんを警察から守る』って約束したのは嘘だったの? 響のことを信じた私がバカだった。今すぐこのことを全校生徒にバラしてやる……ッ!」
目の前で顔を真っ赤にした冬美は、呼吸するのを忘れて一息に言った。
それなのに、自分でも驚くほど、俺は冷静さを保てていた。
俺は何も言わず、ただスマホの録音を流すだけ──以前、俺と冬美が龍生の企てについて取引をしたときの、だ。
音声は俺たちが出会う少し前から始まり、話題は『冬美の浮気に関する証拠写真』から『龍生を裏切る』に変わる。
『お願い……龍生くんを止めて』
最後には冬美の涙ぐむ声がスマホから流れた。
たったそれだけ。
「俺は龍生を警察から守るなんて約束はしていない。俺たちが交わした約束は、あの事件で龍生が捕まらないように止めることだけだ」
「そんな……! じゃ、じゃあ──私の証拠写真は? 消してくれるんじゃなかったの?」
「今消すよ」
俺が所持していた冬美の浮気に関する証拠写真は6枚全て消した。
ちなみに俺の知る限りでは、この写真はサッカー部員含め、誰も持っていない。
これで世界から完全に消去されたのだ。
「…………ありがと。でも、龍生くんのことは許さない」
最後にそれだけ言うと、冬美は早足で去っていった。
残された俺は、口角が自然と上がってしまい、それを堪えるので必死だった。
「本当にバカだな……」
龍生も冬美も二人まとめて地獄に落とす──そう決めたんだ。
なにも躊躇うことはない。
俺は最近作ったSNSの鍵垢(フォロワーは主に女子)に、一件の投稿をした。
一枚の写真と、たった一言。
『俺は浮気された』
冬美の学校での立場を失くすのに、証拠写真なんて必要ない。
俺の投稿が瞬く間に拡散されて学校中を沸かしたのは、少し先の話だった──




