第70話:最終決戦2
先制点を奪われ、得点板の数字は1対0。
だが、俺の心は驚くほど冷静だった。
むしろ、体の奥底から湧き上がるゾクゾクとした高揚感が、冷え切った怒りを燃料にして燃え盛っているのを感じる。
「いいぜ、やってやるよ。イカサマをしても俺に勝てないことを教えてやる」
不敵に笑いながら立ち上がった俺を、龍生は忌々しそうに睨みつけていた。
試合が再開される。
しかし、ここから龍生側のなりふり構わない仕込みが次々と牙を剥き始めた。
チカチカと、視界の端で執拗に赤い光が跳ねる。
ギャラリーの群衆に紛れ込んだ龍生の息のかかった奴らが、俺の目を狙ってレーザーポインターを照射しているのだ。
──それだけではない。
龍生が明らかにボールとは関係のないタイミングで、俺の足首を狙って深いスライディングを仕掛けてきた。
悪質なファウル。
だが、サッカー部から名乗り出たはずのあの審判は、わざとらしく視線を泳がせ、何事もなかったかのように口に咥えた笛を鳴らそうとしない。
ギャラリーに潜む妨害工作員、金で釣られて完全に盲目となった審判。
まさに四面楚歌。
コートの上は、龍生が作り上げた理不尽な泥沼そのものだった。
「ひーくん、負けるなー!」
ギャラリーの最前列から悲痛なまでに真っ直ぐな声が届いた。
──妃菜だ。
両手を胸の前でギュッと握りしめ、ただひたすらに俺の勝利を信じて声を張り上げている。
「平野! ぶっ潰せ!」
「そんなクズの思い通りにさせんじゃねえぞ!」
続いて、サッカー部の仲間たちからも熱い声援が送られる。
顧問も腕を組み、鋭い視線でコートの不穏な空気を睨みつけていた。
──ああ、そうだ。俺はもう一人じゃない。
あんなクズに冤罪をかけられ、世界中から孤立していたあの地獄の日々はもう終わったんだ。
「ハハッ……傑作だな」
自然と口元が吊り上がった。
数ヶ月前までは龍生の手のひらの上で踊らされていた奴らも、今では俺の味方ってワケだ。
視界を奪われ、審判が敵で、周囲がどれだけ歪んでいようが関係ない。
俺は”盤上の支配者”だ。この40×20メートルの空間において、俺がコントロールできないものなど何一つ存在しない。
レーザーポインターの軌道から、照射している奴らの位置を逆算して死角を把握する。
審判が笛を吹かないなら、そもそも相手に触れさせなければいいだけの話だ。
「なぜ……」
「お前の動きは単縦でわかりやすい」
「…………」
「ドーピングをしても、龍生──お前は俺に勝てないんだよ」
途端に、龍生の表情が歪んだ。
「なぜそれを、って顔だな」
「どうして気がついた?」
「んー、お前が考えそうなことだから」
もちろん嘘だ。
自分を大きく見せることで、龍生は怖気付くに違いない。
そのためなら安い嘘はついてやる。
──ここだ。
一瞬の隙を見逃さず、俺は龍生の足元から吸い付くようにボールを奪い取った。
「なっ……!?」
驚愕に目を見開く龍生を嘲笑うように、俺は180度反転してトップスピードへと乗る。
チカチカと迫る赤い光など、もはやノイズにすらならない。
ドーピングで強化された脚力で慌てて距離を詰めてくるが、俺の全盛期のステップの前には、ただの立ち木も同然だった。
右へ、左へ──流れるようなフェイント一発で相手の重心を完全に逆方向へと沈める。
視界の開けたゴール前、俺たちのタイマンにキーパーなどいるはずもなく──、
──ズバァッ!!
小気味いい音を立てて、弾丸のようなシュートが無人のゴールネットを揺らした。
これで1対1。同点だ。
「おい、審判。これなら文句ねえだろ? しっかり見てたよな?」
青ざめる審判を横目に、俺は息を荒くして地面に手をついている龍生を見下ろした。
そこからの試合は、まさに一方的な蹂躅だった。
龍生がどれだけ怒り狂ってラフプレイを仕掛けようが、俺の支配からは逃れられない。
ドリブル、シュート、その全てが完璧に噛み合い、得点板の数字はみるみるうちにひっくり返っていった。
ピピ──ッ!
ついに、試合終了を告げる審判の震えた笛の音が響き渡る。
最終スコアは圧倒的大差。
龍生は糸が切れた人形のように、コートの真ん中で無様に膝をついていた。
全てを尽くしてあらゆる不正を働き、その上で完全敗北したのだ。
「ひーくん!!」
歓声に包まれるコートの中へ、妃菜が弾かれたように駆け寄ってきて俺の腕にしがみつく。
その温もりに、張り詰めていた胸の痛みがすっと溶けていく。
だが、本当の地獄はここからだった。
歓声を切り裂くように、グラウンドの入り口に数台の白と黒の車両が急ブレーキをかけて止まった。
──パトカー?
車内から一斉に降りてきたのは、威圧的な雰囲気を纏った背広姿の男たち──警察官だったのだ。




