表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大好きだった彼女に浮気され、地獄に落とすまで。  作者: くまたに


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

56/57

第56話:龍生、自業自得の涙

 コト、と音を立てて、龍生は目の前にコーヒーが注がれたカップを置く。

 見た目は──いつもと変わらない。

 微かにナッツの香りがして、目を細めた。


「ありがと」


 龍生は意外と育ちがいい。

 ご飯を食べる前には必ず手を洗うし、料理の腕は私以上だ。


「先に飲んでいていいよ。俺は手を洗ってくる」

「わかった。いただきます」


 どこかの高級菓子が盛り付けられた皿を前に、龍生は手を洗いに部屋から消えた。

 私はすかさず、目の前に置かれたカップを、龍生の物と変える。

 幸いにも、どちらも同じ見た目で助かった。


「いただきます」


 自然を装うために、私はお菓子の山からフィナンシェを一つ手に取って、袋を破いて口に運ぶ。

 濃厚なバターが凝縮された味に、思わず頬が緩む。

 彼がくれる物は全て一級品だ。

 しかし、『女は金を使えば操れる』と思っていそうでムカつく。

 などと考えていると、龍生が戻ってきたのが足音でわかった。


「ただいま。──あれ、コーヒーをまだ飲んでいないのか? せっかく温めたんだ。早いうちに飲んでくれ」

「そうだったね。今飲むね」

「ああ……それでいい」


 不気味な笑みを浮かべる龍生の隣で、私は一口コーヒーを啜る。

 その様子を見てから、彼もコーヒーを口に運んだ。

 音を立てずに飲む姿は上品で、見惚れるくらいだった。


「それで──どうして尋ねてきたんだい?」


 数分間談笑した後、突然龍生が口を開いた。

 ヤバい。と私が目を逸らすと、龍生は再び問いかけてくる。


「どうして……尋ねへきたん、ひゃい?」

「なに……。怖いんだけど」


 龍生の言葉が、粘りつくような違和感とともに途切れる。


「あれ……? な、んか……おかし……」


 膝に力が入らず、龍生は椅子から崩れ落ちるように床へ沈み込む。

 額にはダラダラと汗をかき、指一つ動かせないまま、


「ごふっ、おえっ……!」


 龍生は口元を押さえる間もなく、その場に激しく嘔吐した。

 床に這いつくばり、自分の吐瀉物にまみれながら、彼は必死に空気を吸い込もうとする。

 しかし、意識のシャッターは容赦なく下りていく。


「……ねえ、自分の薬の味はどう?」


 朦朧とした状態の龍生は、最後に「クソ(アマ)……ッ」と呟いて意識を途切れさせた。

 指先は痙攣で震え、呼吸はヒューヒューと惨めなものになっている。

 死なれたら困るので、私はすぐに救急車を呼んだ。


 数分も経たないうちにサイレン音が聞こえた。

 眼下で倒れている龍生の目には、微かに涙が溜まっていた。



     ◇



 苦しい……

 気持ちが悪い……

 俺は、どうして病院に……?


 白い天井と消毒の匂いを感じながら、曖昧な記憶を辿る。

 そうだ。恋春に睡眠薬を飲ませようとして──。

 もしかして、俺が睡眠薬を飲ませることを予測していたのか?


 今すぐにでも復讐してやりたい。

 あの女は何が不満だったんだ?

 俺は他の女と同じように愛してやったし、散々金を使ってやった。

 まあ、そのお金の出どころは、父親が仕事で得た、惨めな政治家からの賄賂だが。

 何にせよ、俺は悪事を働かずして得た金だ。俺自身が罪を問われることはないはず。

 ……いや、俺は恋春に薬を飲ませようとした。

 しかも、バレないようにコーヒーに混ぜて。

 やらかした。

 恋春が眠った後に、俺がした証拠を全て揉み消そうと思っていたが、全てが台無しだ。


「っ……ぅ……」


 情けない声が口から漏れた。

 俺がどれだけの間記憶を失っていたかわからない。

 体を動かそうとすると、地獄のような吐き気が込み上げてくる。

 駄目だ、動かない。

 俺はもう二度と家に帰れないのではないか。

 そんな不安で、今にも押しつぶされそうだ。 

 霞む視界の中、天井を眺めていると、病室の扉が開く音が聞こえた。


「龍生くん! 龍生くん……ッ!」


 冬美だった。

 今はコイツの顔も見たくない。

 声を出そうとしても出ず、冬美を拒絶することすらできない。

 コイツはイラついている時に相手にするのは苦痛でしかなかった。

 重い女で、かまってちゃんだ。行動の一つ一つが鬱陶しい。


 どうして俺がこんな目に……

 父親の権力でどうにかなると思っていたが、恋春は想像以上に頭のいい女だった。

 彼女のせいで、俺は学校の人気者から嫌われ者に成り下がるのを、この時の俺は知る由もなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ