第55話:龍生家に突撃
「ひー、くん…………」
扉が開く。刹那、妃菜の震える声がこぼれる。
しばらく間近で見ていないこともあり、雰囲気がガラリと変わっていることに気がついた。
「ごめん、俺──」
「いいの。私が言っていれば、こうならなかったから……」
「いや──違っ」
「だから、いいの。仲直り──それよりも大事なこと、あるでしょ?」
どす黒い瞳のまま、妃菜は俺を真っ直ぐ見た。
何故か手の震えが止まらない。
──怖い。今まで彼女に思った事のない感情が芽生える。
「仲直りやりも大事なこと……?」
仲直りが最優先じゃないのか?
クソッ……龍生のせいで、愛情も友情も、何もかもがわからなくなった。
口の中に鉄のような味が広がる。
「決まってるでしょ。復讐よ。ひーくんを虐めたこと、私は絶対に許せない」
「待てよ。妃菜が復讐する理由は──」
「あの男のせいで、私たちの仲が壊れかけたのよ。私の手で、必ずに地獄に落とす」
「…………わかった」
俺も腹を括る必要があるようだな。
妃菜が俺のために怒ってくれたんだ。俺も、彼女に応えてあげないと。
「一緒に復讐しよう」
「うん。約束」
妃菜は小さく笑う。
同時に、彼女のスマホが震えた。
「予定よりも早かったじゃん……」
「誰だ?」
「恋春から。ひーくんも見てよ」
『今から龍生を裏切るよ』
あの恋春がこうも簡単に龍生を裏切るだなんて。あまりにも意外で思わず口が開いた。
俺たちの復讐が、目に見えてゴールに近づいている気がした。
◇
通話──っと。
私は妃菜にメッセージを送り、同時に通話を繋げた。
龍生の父親は社会的な地位を持っている人だ。
その息子の龍生も必然的に高い地位を持っている。彼が命令するだけで、多くの人が動くし、その人たちの人生だって簡単に変えてしまう。
もしもを想定した時に、頼れる誰かに会話を聞いてもらうことが最善だと考えた。
「じゃ、今から龍生の家に行くから、妃菜はマイクオフにしていてね」
『ん。わかった』
返事を聞いて、私は一応スマホの音量を最小にしてからポケットに突っ込んだ。
妃菜は生まれて初めてできた友達だ。
一度ぶつかってからは疎遠になっていたが、仲直りして、再び友達に成り上がれたことがとても嬉しかった。
危ない橋は渡りたくないが、彼女と──彼女の大切な人を傷つけた分は働く。
それが流儀ってやつだろう。
怖くて手が震える。
龍生のことを好きだったときは、何もかもが輝いて見えていた。
でも、いざ彼に対立してみると、彼の権力が、笑顔の裏に隠された本性が怖くて仕方ない。
──ピンポーン。
押してしまった。
間を空けずに、家の中からバタバタと足音が聞こえる。
これは、いつも龍生の家に勝手に押しかけた時に聞こえる音だ。
「こんな時間にどうかしたか?」
「ご、ごめんね。少しだけ用事があって……」
そう言いながらも、心の中はめちゃくちゃだ。
肝心の『用事』について、何も考えずにインターフォンを鳴らしてしまった。
龍生は一瞬何かを企む表情を浮かべ、すぐにいつもの甘い笑みに戻る。
「用事か。だったら俺の部屋で話そう。温かいコーヒーを淹れてあげる」
「あ、ありがと」
いけない。
少しだけ嬉しいって思ってしまった。
ついさっきまでは好きだった人だ。ちょっとした優しさに、ついつい騙されそうになる。
「今日はとびきりのコーヒーだ。いつもと違った苦味があるけれど、きっと恋春も気に入ると思うよ」
彼の手が腰に回される。
そして、この時の私は気がつかなかった。
もうすでに、彼の手のひらの上で踊らされることに。




