第54話:恋春の恋の始まり2
「そうだ──平野響のこと、私が貰っちゃおうかな?」
「駄目ッ!」
「あれ〜? どうしたのかな、そんなに顔を赤くして」
遅かった──恋春はニマニマと嫌らしい笑みを浮かべた。
私が目を逸らしても、彼女はワザと視界に入り込んでくる。
「私、響くんが家に来たことあるよ?」
「なにそれ、詳しく」
そんなの響から聞いてないよ。
絶対に嘘に決まってる。
「私が誘惑しても、顔を真っ赤にして自制してるの。ほんと可愛かったな〜」
「嘘でしょ?」
「うんん。証拠あるよ」
そう言って見せてきたのは、隠し撮りのような映像。
恋春が言った通りの光景が広がっていた。
響のこんなにも真っ赤にした顔は、私だけに見せるものだと、密かに喜んでいたのが馬鹿馬鹿しく思えてくる。
「ふ、ふーん……」
「てことで、私が響くんのこと貰うね」
「駄目! 絶対に渡さない!」
「なに〜? もしかして好きなの?」
恋春の目が細められる。
これは嵌めようとしているな。
私は感情に流されないように、必死に堪えた。
彼女は私が響に抱いている感情を知っている。それこそ、久しぶりに再会した時から。
色々と感が鋭い子だから──私が、隠すのが下手くそっていうのもあると思うが。
「まあ、妃菜の思いはどうでもいいや。私、本気で彼を好きになるから。幼馴染は負けヒロインになるって、最初から決まってるのよ」
宣戦布告。
物語の悲しいヒロインになる気はない。
私は響と笑っていられるために、ずっと頑張ってきた。
それは、過去の話で、未来の話でもある。
どんな壁が立ちはだかっても、絶対に諦めない。
それが妃菜だから。
「どっちが勝っても、恨みっこなしだよ?」
「上等!」
恋春はニコッと笑う。
何年ぶりかも分からないその表情を見ていたら、何故か心がチクリと痛むのを感じた。
◇
偶然、妃菜と恋春が公園に二人でいるところを見かけた。
いや、必然か? もしかしたら、俺が見て傷つくように仕向けられたものかもしれない。
どちらにせよ、妃菜は俺の味方ではないに決まっている。
俯いて歩いていると、誰かに手を引かれた。
「待って!」
「なに。俺はもう知ってんだよ。お前も龍生の味方なんだろ──」
俺が振り向くと、恋春は唇を噛んでいた。
感情は読めないが、なんだか違和感を感じる。
「私は──ッ、たしかに龍生くんの味方だった。でも、妃菜はあなたを貶めるために嘘をついてたんじゃない」
「今更知ったことか。アイツは俺のことを、陰で笑ってたんだ」
「違うッ!」
腕を引く、恋春の握力が少しだけ強くなる。
いつもの飄々とした様子からは想像できないほどに、彼女の目は本気だった。
思わず一歩後退る。
「妃菜は、あなたが傷ついても立ち直れるように、ずっと傍にいたじゃない!」
「……ッ」
たしかにその通りだ。
それくらい俺もわかっていた。
でも、人を信じるのが怖くて、もう誰も近づけたくない。
「どうせ妃菜の気持ちなんて、少しも考えてないんじゃないの?」
「うるさい」
「え──」
「うるさいんだよ。俺は誰よりも傍で妃菜を見てきた。妃菜の気持ちは、いつも考えて接してきた……」
一息に言ったせいか、呼吸が乱れる。
全身で息をしてから、恋春の顔を覗いた。
──彼女は怒ってた。
正確に言えば、怒りを必死に抑えている。そんな感じだ。
「妃菜の気持ちを考えてるなら、あなたは妃菜と龍生が裏で繋がっていたことにも気づけたはずでしょ?」
「それは……」
「あなたは妃菜に甘えすぎなのよ。彼女はきっと今も家で泣いているに違いないわ。さっき、「一緒に龍生を裏切らないか」って聞いてきた時も、酷い顔をしていたもの」
龍生を一緒に裏切る──?
なんのために。
…………俺の、ため?
硬いもので叩かれたように、ハッとした。
気づけば俺は走り出していた。
マンションのエレベーターすら、待ってられない。早く謝って、関係を戻したい。
その思いでいっぱいだった。
考えるよりも先に、俺の指は妃菜の家のインターフォンを鳴らしていた。




