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大好きだった彼女に浮気され、地獄に落とすまで。  作者: くまたに


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第52話:復讐代行者の決意

 ──あれから何日経っただろうか。

 ベッドから降りると、フラりと目眩がする。


「……あ、ぁ……」


 声が掠れて、自分でも聞き取れない。

 食欲がわかず、水だけの生活。

 眠れず、ただ不安感でいっぱいいっぱいだった。


「課、題……」


 妃菜の課題がまだ終わっていない──そうに決まっている。

 普段なら助けていたところだが、今はそんな気にはなれなかった。


 祭りの日、妃菜は龍生の味方だということが発覚した。

 理由は何であれ、裏切られたという事実が俺の心を酷く蝕んだ。


 ──ピンポーン。


 宅配かなにかか?

 今は誰にも会いたくないので、配達員には悪いが、留守のフリをすることに決めた。

 しかし、


 ──ガチャ。と、玄関が開いた音がしたのは気のせいだろうか。

 父さんだったのか? ──それなら、インターフォンは鳴らさないはず。

 前にもこんなことあったな。と思いつつ、タイミングの悪さに顔を歪ませた。


「ひーくん……いる……?」


 リビングの方から聞こえた妃菜の声は、酷く震えていた。

 その足音は、ゆっくりと俺の部屋に近づいてくる。


 嫌だ。扉を開けるな。

 今開けられたら──泣いているのがバレてしまう。


「ひーくん。いるんでしょ」


 扉越しに声をかけられた。

 俺が返事をしないでいると、妃菜は続けて声を漏らす。


「ごめん」


 ──勝手に家に入ったから?

 ──夏休みの課題が終わらないから?

 それとも──俺を騙していたから?


「私は……ひーくんを傷つけてしまうことを知りながら、龍生に加担した……」


 表情は見えないが、おおかた予想がつく。

 絞り出すように吐かれた言葉には力がなく、窓の外から聞こえる昼間の喧騒にかき消されてしまいそうだ。


「冬美が浮気をしていたことも知ってた……」


 龍生と繋がっていたんだから、知っていてもおかしくない。

 それでも、本人の口から聞くのは辛かった。

 俺が自殺を試みたときにかけてくれた言葉が、全部嘘だったんじゃないかと思えてくる。


「──帰れ。妃菜の声なんて、一生聞きたくない」


 妃菜のことは大好きだ。

 決して恋愛的な意味ではない『友達として』だ──そうだよな?

 夏休みに入ってからは毎日のように一緒にいたので、感覚がバグったのだろう。

 俺たちは昔からの付き合い。今更恋愛感情なんて、湧くはずがない。

 そんな、『友達として』大好きな妃菜に、初めて酷いことを言った。

 同じことを妃菜から言われるのは、想像するだけでもちろんキツいが、自分から言うのも同じぐらいキツかった。


「やだ」


 幼児のように駄々をこねる。


「最後まで話したら、私はひーくんの前からいなくなるから」


 と、付け足して。

 妃菜がいなくなるならもうどうでもいいや。と思い、「ん」と適当に呟く。


「私が冬美の浮気を知ったのは、ひーくんが浮気を知る、数日前だったの──」



     ◆



 その日は、昼頃に突然雨が降り出した。


「うわっ、ツイてないな……」


 いつもは常備している折りたたみ傘がないことに、妃菜は顔を顰める。

 買い物の帰りだったので、走って家まで帰るなんてことは出来ず、雨が止むまで待つしかなかった。


「あれは……」


 遠くに見た事のあるシルエットを視界に捉え、思わず目を細める。

 同じ傘で、肩を寄せ合っていた。


(あれは……菊池さんだ。隣の男の人は──)


「ひーくん、じゃない……」


 その時から、冬美と妃菜の接点はあまりなかった。

 なので、妃菜が凝視していても、冬美は気が付かなかった。──だが、男の方は別だ。


「お前は……"盤上の──"いや、響と仲がいい──名前はたしか、妃菜だっけ」


 見知らぬ男に名前を知られていたことに、妃菜はちょっとした恐怖を覚える。


「俺は日向龍生。冬美とずっと前から付き合ってる。響と付き合う前からな」


『日向龍生』。その名前に、聞き覚えがある。

 同じ高校に通う、同学年の男子の名だった。


「このことは──響に言っても構わない。だが、その時は奴にこれ以上ないってほどの、地獄を見せてやるよ」

「なに。脅しているの?」

「いいや、これはスカウトだ。まあ、お前が従わないっていう手はないがな」

「スカウト……」


 言っている意味がわからない。

 龍生はニヤリと気色の悪い笑みを浮かべる。

 終始、冬美が見惚れるような視線を送っているのがムカついてしょうがない。


「俺の言いなりになれ。お前が響のことを大事に思うなら──従い、彼の一番近くで見守るのが最善じゃないか?」

「……ッ」


 私は何も言えなかった。

 連絡先を交換し、雨の中を走って帰る。

 頬を伝った雫は、雨粒とは違ってやけに人の体温を宿していた。



     ◆



「──っていうことがあって……」

「……」


 扉の向こう側からは反応がない。

 それもそうか。私は、響に拒絶されてもおかしくないことをしてしまったんだ。

 でも、もう逃げない。

 私が響に隠していることはもうない。


 だったらすることは決まっている──出し惜しみなんてしないで、正面から龍生に立ち向かう。


 それが罪滅ぼしになるはずがない。

 でも、もう足を止めない。生憎にも、私の頭の中には最高のシナリオができている。


(待っててね、ひーくん。私が代わりに復讐してあげる)


 口の中で言葉を転がすが、声には出さない。




『冬美なんて、もう大っ嫌いだ。俺が地獄に落としてやる』


 響の部屋に微かに響いた声は、妃菜の耳に届くことなく、ただ虚空に溶けた。

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