第51話:妃菜の裏切り
「龍生……どうしてここに──」
俺の人生史上、これ以上はないってくらいの勢いで龍生を睨みつけた。
龍生は怯むことなく、飄々とした様子で「怖い怖い」と両手を頭の横でヒラヒラさせている。
その隣では、冬美が勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
向日葵模様の、紺色の浴衣姿だ。俺の前では一度も着ることはなかったので、少しだけ龍生に嫉妬心を抱いてしまう。
「冬美の体になにかついているのか? 人の彼女のことをジロジロ見るのはやめてもらえないかな」
「なっ……なにも見てねぇよ」
咄嗟に口からこぼれ落ちたのは、聞いていて恥ずかしくなるような言葉だった。
何を思ったのか、妃菜は弄っていたスマホを隠すようにしてカバンの中に片付けようとする。
しかし、龍生は「させないよ」と呟きながら、強引に妃菜の腕を掴んだ。
「痛っ!」
「龍生、お前!」
すぐに払うようにして龍生の手を退ける。
だが、妃菜のスマホは重力に引っ張られて地面に落ちた。
──パキッと音を立てて画面が割れる。
同時に妃菜の顔が曇る。
「ごめん」
──俺のせいで。
しゃがんでスマホを拾う。画面は開きっぱなしで、誰かとのチャットが映し出されていた。
見ないように。と思ったが、不可抗力で相手が誰なのか見てしまう。
『日向龍生』
他でもない、目の前で嫌らしい笑みを浮かべているこの男だ。
肩を揺らして、目を爛々と輝かせていた。
「妃菜、これは?」
「……」
答えは返ってこない。
さすがにプライバシーの侵害になるので、これ以上、龍生とのトーク画面を見ずにスマホを返した。
裏切られたようで、胸の奥を鋭利な刃物で刺されたような痛みが襲う。
「ククッ……どうだ? 信じていた女に裏切られる気持ちは。苦しいか? 死にたいか?」
これ以上ないってほどに愉しんでいる龍生。
彼の言葉が頭から離れてくれない。
「妃菜も……龍生のことが好きなのか……?」
「嫌い──大っ嫌い。この男は糞。クズ」
今まで妃菜が使ったことのないような言葉が、連続で吐かれる。
「酷い言われようだ。いいのか──? 俺はいつだって、お前とのトーク内容を話せるぞ」
「……ッ」
目に見えて、妃菜の表情が歪んだのがわかった。
反抗したいけれど、脅されて思うようにできない──そんな感じだ。
「まあ、俺は最初から言うつもりだし、これは決定事項だ──覆ることは決してない」
「なあ、"盤上の支配者"サン? 俺たちのトーク内容、気になるよなァ?」
「気にならない」
──本当は気になって仕方ない。
だが、それで妃菜が傷つくのは、なんか嫌だった。
「残念。やっぱりお前は優しいヤツだよ。顔には『聞きたい』って書いてあるのによォ……」
「黙れ。お前の声なんて聞きたくない」
これは本音だ。
冬美を──いや、それだけではない。『日常』すら取り上げた龍生を、俺は一生許す気はない。
「怖い怖い……」
「思ってないだろ」
「だいせいか〜い」
コイツはどうして、わざわざ俺に構う。
かまってちゃんなのか?
俺が睨むと、「さーせん」と感情のない謝り。
小さく舌打ちをすると、龍生が再び口を開く。
「GPS」
いきなりどうした。
などと、胸の内で突っ込むのと同時に、引っ掛かりを感じた。
「それがどうしたって言うんだ」
「わからないか……。俺はなぜ、お前がここにいることを知っていたと思う?」
「……さあ、偶然見かけたから?」
「いいや、違う」
「だったら────ッ!」
ようやくわかった。
いや、違う。
否定したくて、敢えて見て見ぬふりをしていたんだ。
「……GPS」
「ご名答。そこの女は、俺に指示されて、お前とGPSを繋いだ」
そこの女──話し方から妃菜だってことはわかる。
それでも、信じたくない。
「…………違う、よな?」
妃菜に助けを求めるように言うが、無言のまま首を横に振られた。
「平野響。お前に、初めから味方なんていないんだよ」
目の前が真っ暗になる。
『絶望』の二文字が、頭から離れなかった。




