第50話:一口食べる?
「ひーくん! こっちこっち!」
屋台の光が夜を彩る。
その中で、妃菜が嬉しそうに手招きをしていた。
彼女が指さしたのはりんご飴の屋台。流石、大の甘党といったところだろうか。
「そんなに走ると転ぶぞ」
「ぶー。ひーくんが私を子供扱いしてくる……」
「そりゃ──妃菜は見ていて危なっかしいもん」
「失礼な! ひーくんだって、屋上から飛び降りようと──あ、ごめん……」
「謝らなくていいよ。あれは、今思えば馬鹿だったと思ってるし」
冬美の浮気が発覚した数日後のことだ。
俺は自暴自棄になっていたところに、龍生からの挑発が重なって生きるのを辞めようとした。
結局龍生に阻止され、性格の悪い教師に叱られた。
あの出来事から、早くも2ヶ月が経った。
今では『死にたい』って思うことはほとんどない。それも全て、俺を支えてくれた妃菜と父さんのおかげだ。
「……ありがとな」
「なにが?」
「うんん。なんも!」
何がなんやらという感じで、妃菜は首を傾げる。
しかし、理由は言わなかった。
──言ってしまったら、恥ずかしくて祭りを楽しめないから。
「よし、今日は楽しむか! そんで、明日からまた勉強だ!」
「うえー。最初はいいこと言ってたのに、最後ので台無しだよ……」
「──りんご飴といちご飴を一つずつ」
妃菜の話は知らんぷり。
屋台からニコニコとムカつく笑みを向けてきたおじさんに、少しだけ不機嫌そうに注文をした。
(恐らく妃菜はいちご飴を選ぶだろうな)
妃菜はフルーツの中でも、いちごが『大』が付くほど好きだ。
そして俺は祭りに何度か来たことがあるが、何気に『りんご飴』という物を食べたことがない事に気がついた。なので、りんご飴は俺の。
「へいお待ち。りんご飴といちご飴だよ。仲のいいアベックだねぇ。羨ましいよ!」
「ありがとうございます」
アベック……昭和での『恋人』を意味する言葉だっけな。
祖父母の家に行くと、決まって「アベックになったのかい?」と聞いてくるので、理解できた。
「ねーねー。アベックってなに?」
「仲良しって意味だよ」
「へー! そうなんだ。ひーくんって物知りだね!」
『恋人』と『仲良し』は似ていると思うので、この説明でいいだろう。
妃菜の事だ。先程、屋台のおじさんに否定しなかったことを笑ってくるに違いない。
そんな事よりも──
(りんご飴、でけぇ……)
想像の倍以上の大きさに、思わず唾を飲み込んだ。
早く食べたい──そんな欲が一秒ごとに増してくる。
「あそこのベンチで食べよっか」
「うん。そうだね!」
「りんご飴といちご飴、どっちがいい?」
(──いちご飴だろ?)
「──りんご飴!」
「えっ……」
当たり前でしょ。と言わんばかりの顔で、こちらを見てくる妃菜。
俺は表情を変えずに手渡すと、妃菜は嬉しそうな声を上げて一口かじる。
パキパキッと、心地のよい音が隣から聞こえる。
羨ましくなるので見ないようにしていたが、思わず視線がそちらを向いていた。
りんご飴についた、小さな歯型の奥には、りんごの中身が見えている。
「りんご飴って本物のりんごなの!?」
「そうだよ。一口食べてみる?」
そう言って口の前に出されたりんご飴は、偶然か必然か、妃菜が口をつけた場所が俺の方を向いている。
(か、か、か……間接キスじゃねぇかよ!)
「食べないの?」
「た、食べる」
妃菜の目は──笑ってる。
(まさか偶然を装っただけで、狙ってやってるのか!?)
どういう感情でそれをしているのかが分からず、俺の中では対立が起きていた。
りんご飴は食べたい。だが、間接キスは聞いていない。
妃菜とは昔からの付き合いだ。間接キスなんて、何度もしてきてるし!
俺は意を決して一口貰う。
その瞬間、口の中に、これ以上ないくらいの甘みが広がる。
甘すぎる物は好んで食べないが、これは嫌いじゃなかった。
「美味しい……」
「もう一口、いいよ?」
「ありがと」
お言葉に甘えて。
二口目は、『りんご飴を食べてみたい』という欲が達成されたからか、間接キスの羞恥心が襲いかかる。
顔に火がついたのかと思うくらい、一気に熱くなった。
チラリと、一瞬だけ妃菜の方へ視線を向けると、彼女も耳まで真っ赤になっていた。
(恥ずかしいなら、やめとけばよかったのに)
言いかけてやめる。
その言葉は妃菜に通用するが、同時に俺にも通用する。
「やあ、こんばんは。"盤上の支配者"サン」
後から思い出すだけでも恥ずかしくなるような事をしていたら、突然背後から声をかけられた。
振り返らなくても、それが誰だかわかる。
俺を"盤上の支配者"と呼ぶ男は一人しかいない──
「龍生……どうしてここに──」
振り返るなり、俺は思いっきり睨みつけた。
祝50話!
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