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君の香り  作者: 蒼生光希
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4/6

智春、5年後

三倉(みくら)主任、ルミナスって好きですか?」

「え?」


 仕事の休憩時間。後輩の女の子が急に聞いてきた。

「まあ、そこそこ」

 文房具を扱う会社、その総務部に僕はいる。バンドなんて派手なもの、縁がないですって顔をして。


「じゃーん!」

 後輩が携帯を突き出す。

 画面には「当選しました!」の文面。


「私明日ライブ行くんです! 

 すごくないですか!?」

「へぇ、すごいね。

 ……ファンになって、長いの?」

「そうなんですー《《あの3人》》、最っ高なんですよ!」

「……」


 「昔は僕もいたんだよ」なんて言う気も起きず。

 嫌な気分でもなかった。

 もう、世界が違う。



 退社して冬空の下、人の流れに沿って歩く。

 案外、気づかれないもんだな、と思う。

 就職する時に髪を染めて短く切った。食欲が落ちて、痩せた。ルミナスが有名になっても、デビュー前の動画がそのままでも、僕が街で呼び止められることはなかった。


 横断歩道を渡る時、人混みの中で懐かしい香水の匂いがした。

 昔、つけていた香水。

「トモ、タバコくさいからこれつけろよ」と誕生日に明からもらった香りだった。


 僕は足を早める。


 近所のコンビニに入るまでは、いつもの日常だった。

 夕食を探していると、その声が降ってきた。


「はーい、ルミナスのボーカル、明でっす!」

 やや投げやりにも取れる、特徴ある声。

 明だ。


 僕の足が止まる。


「マサです! 

 ご来店の皆さまに、僕たちの新曲をお届けしまーす」

 明るいマサの声が続く。相変わらずマイペースだ。


「この曲は、別れた彼女を思うラブソングです。遠くにいる誰かを思い浮かべながら聞くと、心に染みると思います」

 蓮司さんの渋い声。連絡しろよと言われたのに僕は番号を変えてしまった。


「それでは聞いてください、

 ルミナスで『香水』」


 3人の声が揃う。

 この店内放送、どこで収録したんだろう。

 今はきっと、見る景色だって違う。


 新曲が始まった。

 僕の好きな声が、いつもより優しい口調で、曲を奏でだす。

 ああ、これはバラードだ。

 歌詞を書き留めるように頭の中で文字に起こす。曲が進むにつれ、胸が締めつけられる。


 《《それ》》に気づいた時、僕は息苦しさすら感じていた。


 もっと聴いていたい、だけど、もう聴きたくない。

 矛盾する感情。曲が終わった途端、僕は何も買わずにコンビニを出た。


 歩調がだんだんと速くなり――やがて、駆け出す。





 どうしようもなくガキだった僕は

 あの冬の日 君と別れた

 ずっと君を大事にしたいと

 隣にいたいと 思ってたのに


 君は 今何を見てるかな 

 今でも思い出すよ 背中に感じる視線

 頬に手を当て考えるクセ

 香水の残り香がまだ 心から消えてくれない


 すれ違ってしまう前に

 どうして君の目を見なかったんだろう

 どんな顔で 何を思っていたか

 答えが出ないまま 君を失い春夏秋冬

 そして今


 こんなに 君を切なく思うなんて

 手放したのはかけがえのないものだったと

 気づくのが 遅すぎたよ

 もう もう 戻らない


 できることなら その冷たい手を温めて

 懐かしい香りに包まれて

 また共に春を 

 君と過ごせたら ああ


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