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エピローグ

        1

 壁の片側のほとんどを占めている窓からオレンジ色に染まった太陽の光が差し込んでいる。窓からのぞむビル群も同様にオレンジ色に染まっていた。

 明日は晴れるだろう。しかし、剣持の心はそれとは裏腹にどんよりと重く曇っていた。

 とあるビルの一室。

 二十畳以上はあろうかという会議室の中で剣持はずっと机のある箇所を見つめていた。 そこには一枚のMOがあった。

 奈美が必死になって手に入れた例のMOであった。そして、そのMOの置いてある机の向かいに若い官僚風の男が座っていた。

 「剣持君、納得してもらわなければ困るよ。」

 声はその若い男からではなく、窓際に立っている年配の男から発せられた。

 年配の男はくるりと振り向くと剣持に近づいてきた。そして、机の上のMOを取り上げた。

 「この件に関しては手を引いてもらう。」

 そう言って男はMOを若い男に手渡した。

 「後はわれわれ統合幕僚監部調査部で引き受けますよ。国家公安委員会も納得ずくです。」

 若い男は受け取ったMOを内ポケットにいれ、冷たく言い放った。

 「なぜ、統幕調査部がこの件に口を出す?」

 剣持は先程から繰り返し言ってきた言葉をまた繰り返した。しかし、その答えは繰り返し同じであった。

 「上層部の判断です。これ以上は申し上げられません。」

 冷徹な返事であった。

 剣持は言い知れぬ憤りを必死に抑えた。握った拳の爪が手の平に食い込み、今にも血が滲みそうであった。

 「ところで、一条奈美という少女を保護しておられましたな。」

 若い男は思いがけないことを言い出した。

 「一時期、保護しておりましたが、現在行方不明です。」

 剣持は正直に答えた。

 奈美とはあの別荘の事件以来、連絡が取れていない。あのMOにしても手紙と一緒に郵送されてきただけだ。

 「行方はわからないのですか?」

 若い男は剣持を疑うような目つきで尋ねた。

 「わかりません。」

 剣持は嫌悪感を顕わにした。

 「そうですか。もし行方がわかり次第、当方に連絡をください。彼女はわれわれが保護します。」

 「保護する?」

 その言葉を聞いて剣持の中で閃くものがあった。

 「そうか、本当の目的は奈美か。奈美の力か。」

 剣持の言葉に何も答えず、若い男はすくっと立ち上がり、足早に部屋を出て行った。

 「君も少し休暇をとりたまえ。いろいろ大変だったようだからな。」

 年配の男は形ばかりの労りの言葉を残して若い男の後に続いた。

 ひとり取り残された剣持はいきなり机をたたいた。

 その顔は抑えていた怒りに溢れていた。

        2

 青空が北海道を覆い、眩しいほどの日差しが大地を照らしていた。剣持は霊園へと続く道を歩きながらひとり物思いにふけっていた。

 あれから半年がたっていた。

 ‘アルフィス・エンタープラズ’にはまもなく官憲の手が入った。しかし、この摘発から剣持たちははずされ、事件は単なる機材導入に係る汚職と機材そのものの有害性を告発された形となった。どこにも、日本乗っ取りを計るクーデター計画は出てこなかった。

 剣持は長期の休暇を言い渡され、捜査局は事実上、休止状態となった。

 霊園の中はひっそりとしていた。

 上空は雲ひとつなく、風も穏やかであった。

 しかし、剣持の心は暗く沈んでいた。捜査局の休止状態だけが原因ではなかった。今回の捜査ではあまりに多くの部下が犠牲となった。

 一条亘、伊達、そして城戸陽子。

 他にも多くの部下が帰らぬ人となった。

 その結果が捜査から手を引かされ、捜査局の休止では死んでいったものが浮かばれない。剣持の腹の底に怒りがふつふつと湧いてきた。

 その怒りとともに気がかりも湧き上がっていた。

 奈美の行方であった。

 MOを自分に送ってきた翌日、港で船の爆発事故が起こった。しかも、それは‘アルフィス・エンタープライズ’所有の船であった。

 偶然とは思えなかった。

 事故の調査をさせたとき、陽子の靴は発見された。しかし、奈美がいた痕跡は見つからなかった。むろん、死体も発見されていない。

 もし、船にいたとしてもあの状況では助かる可能性は低かった。しかし、剣持には奈美が生きている気がしてならなかった。

 なんの根拠もなかったが。

 剣持はかつての部下、一条亘の墓へ急いだ。その隣には同僚であり、恋人同士でもあった陽子の墓もある。

 妻も子供もない剣持であったが、だからこそこの二人にはわが子以上の愛おしさを感じていた。それは奈美に対しても同じであった。

 いくつもの立ち並ぶ墓石を通り過ぎ、めざす二人の墓は目の前にあった。

 二人の墓の前に立ち止まった時、剣持は花生けにすでに花が生けられているのに気づいた。しかも、ごく最近生けたばかりのものだ。

 剣持はハッとした。

 剣持は持ってきた花を墓の前に置くと、急いで来た道を戻った。そして、霊園の中を駆け回り、花を生けた者を探し求めた。

 しかし、目指す者は見つからなかった。

 剣持はたまたま通りかかった住職を捕まえ、花を生けていった者のことを聞いた。

 「あの墓に花を生けていった人を知りませんか。」

 「ああ、先程生けていった娘さんですな。それなら今さっき駅に向かって歩いていかれたが。」

 「駅…」

 剣持は後を追うとして思い直した。

 「追いかけられんのかな。いまならまだ追いつけるかもしれんが。」

 「いや、いいんです。ありがとうございました。」

 住職に礼を言うと、剣持は亘と陽子の墓に戻った。

 墓の前にしゃがみこみ、手を合わせ、しばらくの沈黙の後、剣持は墓石を見上げた。

 「あの()はそっとしておいたほうがいいだろう。あの娘には普通の少女として普通の幸せをつかんでもらいたい。そう思うだろう。」

 剣持は二つの墓石に問いかけるように呟いた。

 日の光が磨き上げられた墓石の表面に反射した。それはまるで剣持の問いかけに同意したように見えた。

エンジェル伝説 第一部 銀の少女編 完 


第二部につづく



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