8 名前は南薫酒
「領地ごとに事情もあるよな。変なことを聞いて悪かった。事業計画書について考えよう」
「あ、ありがとうございます」
私達は談話室で相談することにして、紅茶とお菓子を頼んだ。今日のお菓子は紅芋のオレンジ煮だ。元は醤油を使っておかずの一品にすることもあるオレンジ煮だけど、おやつになるように甘味と柑橘で煮た。
「これはまた爽やかな味だね。さっぱりとしてるのに、しっとり甘い」
「ありがとうございます。このレシピも領民に好評なんです」
「領民に?」
「レシピとともに紅芋を売れればとも思ったのだけど、生活の向上になればとレシピの多くは領民に開放したのです」
「それは、君らしいな」
柔らかくダリウスさんが、微笑んでくれたので嬉しくなる。ここへ来たときの表情のなさが遠く思える。
「レシピに値段をつけなくても、使い方が増えれば紅芋も売りやすくなるかと思うんです」
「開放したレシピ、私にもくれないか。実家でも作ってもらいたい」
「それならぜひ、紅芋も一緒にお持ちください。ユスティアス公爵夫人にはいつかお礼がしたかったのです」
そんな話をしながら、以前書いていた事業計画書の穴を埋めることにした。確かに製法も決まっていないお酒を作って売るって、意味不明な書類だったなと肩を落とした。
「お酒の名前だが、しょうちゅうにするのか?」
「しょうちゅうはお酒の種類だから、もう少しだけ考えたいです」
「香りの良い南方の酒だからね……」
南の薫るお酒! それだわ。
「南薫酒と書くことにします!」
「うん。いい名前だ」
「ありがとうございます!」
「酒税監察官としてできるのはここまでだ」
監察官のお仕事を知らないけれど、かなり融通を効かせてもらったのはわかる。感謝を込めて、ゆっくり頭を下げた。
「それで、ここからはユスティアス公爵家のものとして事業に協力できることがあると思う。君は手探りでやるつもりみたいだが、新しい事業は狙われやすい。ぜひ頼ってくれ」
「いいんですか!?」
ご厚意に甘えていいのかと、飛びついてしまうほどに、ダリウスさんを信頼していた。
「レイラさんは、よく騙されないかい? 僕を信用して良いかも考えないといけないよ」
「えぇ〜!?」
混乱する私を見てダリウスさんは、大きく笑った。初めて見る表情で、釣られて私まで笑うのだった。
ダリウスさんは、二十八日目でフィオレット領を出た。ユスティアス公爵家に寄ってから職場に戻るらしい。まるで休暇のような口ぶりだけれど、まさかね。
私は南薫酒を多く作るために、芋麹テリーをもっと育てることにして、同時に大きな蒸留機を作ってもらえるところを探すことにした。
それに場所も必要だ。お父様に相談して、離れの建物を改装することになった。




