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余命百日の魔王様を負けさせる係ですが、勇者がスライムにも勝てません  作者: sakumaaa
第一章 最弱勇者が勇者と呼ばれるまで

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第5話 五日目「宝箱が勇者を離してくれない」

勇者へ渡す宝箱が、勇者の鞄を食べた。


「返してください!」


 ミロが叫ぶ。


 四本の短い脚を生やした宝箱は、街道を全力で走っていた。蓋の隙間から、見慣れた茶色の肩紐が垂れている。


「荷物には届け先があります!」


 宝箱は速度を上げた。


 説得の内容が、魔物向けではない。


 五日目の朝。


 俺たちは街道沿いの旧関所へ着いた。


 崩れた石壁と、使われなくなった詰所が一つ。


 ここで勇者は宝箱を見つけ、新しい外套と方位磁針を手に入れる予定だった。


 中身は俺が昨夜置いた。


 箱そのものは魔物だが、こちらの協力者である。


 人間へ化けられない代わりに、箱へ化けるのが得意で、魔王軍の倉庫を百年近く警備している。


 俺とは二年の付き合いだ。


 工具鞄を三度食べられ、三度とも磨いた留め具と交換した。


 それなのに俺は、こいつへ「眠る」「開く」「驚く」「逃げる」の四役だけを渡した。


 何が欲しいかは聞かなかった。


 魔物を道具として置いた時点で、最初の失敗は俺のものだったらしい。


 手順も簡単だった。


 眠ったふりをする。


 勇者が蓋を開ける。


 驚いて逃げる。


 勇者は宝を得る。


 昨日も思ったが、簡単という言葉は先に禁止したほうがいい。


 ミロが箱を見つけ、罠ではないかと三周調べたところまではよかった。


 聖剣で開けようとして刃が蓋へ弾かれ、小刀へ持ち替えたのも想定内だった。


 問題は、そのとき背負い鞄を箱の横へ置いたことだ。


 宝箱は封蝋の匂いを嗅ぎ、蓋を開き、鞄を丸ごと飲み込んだ。


 そして今、旧関所の坂道を下っている。


「勇者様、右へ回ってください!」


「右は崖です!」


「箱から見て右です!」


「箱の前はどちらですか!」


 確かに分からない。


 俺は先回りし、腰の紐を石柱へ回した。反対側を道へ低く張る。


 箱の脚が引っかかり、前のめりに跳ねた。


 蓋が開く。


 外套、方位磁針、古い石板が飛び出した。


 鞄は出ない。


 箱は着地すると、今度は俺へ突進した。


 倉庫警備百年の体当たりを受ければ、明日の予定は葬儀になる。


 横へ避ける。


「出口は二つです。僕が蓋を引きつけます。レオルさんは坂へ!」


 ミロは退路を告げ、自分も詰所の外へ踏み出した。


 そのとき、箱の蓋から未配達の手紙が半分のぞく。


 ミロは逃げる向きを百八十度変えた。


 ミロが箱へ飛びついた。


「待ってください!」


 蓋を両腕で抱える。


 箱はそのままミロを載せて走り、石壁へぶつかって向きを変え、詰所の中へ入った。


「剣を!」


 俺が叫ぶと、ミロは首を振った。


「この箱、生きています!」


「昨日も同じ理由で剣を抜きませんでしたね!」


「抜いても効きません!」


 正しかった。


 ミロを貼りつけた箱が、詰所の壁を一周する。


 俺は入口を布で塞いだ。


 逃げ道を失った箱が中央で止まる。


 蓋が小さく開き、ぎざぎざの歯が見えた。


 ミロの腕を噛む気かと思ったが、歯は肩紐を奥へ引き込んだだけだった。


「その鞄が欲しいのか」


 俺が聞くと、箱が一度跳ねた。


「中に金目の物はありませんよ」


 ミロが言う。


 箱が止まった。


 それから、傷ついたように蓋を閉じる。


「言い方を考えてください」


「すみません」


 なぜ魔物へ謝っているのだろう。


 ミロは箱の前へ座った。


 押さえつけるのではなく、箱と同じ高さまで目線を落とす。


「鞄の中に、手紙が一通と薬が二包あります」


 箱は動かない。


「僕が届けると約束した物です。あなたが持っていくなら、代わりに届けてもらえますか」


 蓋が少し開いた。


「届け先は、ここから西へ半日。井戸の横の赤い屋根です」


 箱が右へ傾く。


 考えているように見える。


「道は分かりますか」


 今度は左へ傾いた。


 分からない、という意味らしい。


「では、僕と一緒に来てください。届け終わったら、鞄の留め具を磨いて、同じ色の飾りを一つ作ります」


「勇者様」


「はい」


「仲間へ誘っていますか」


「配達の相談です」


 箱が大きく跳ねた。


 蓋が開き、鞄を吐き出す。


 勢いが強すぎて、ミロの顔へ直撃した。


 勇者は本日も、敵の一撃で倒れた。


 ただし、交渉には勝ったらしい。


 ミロが起き上がるまでに、俺は鞄の中身を確かめた。


 手紙、薬、小刀、水筒。


 どれも無事だ。


 封蝋には小さな歯形がついているが、届け先には説明できる範囲だろう。


 ミロは自分でも中身を並べ直した。


 封の破れ、薬包の湿り、瓶のひびを一つずつ確かめ、配達帳へ歯形まで記録する。


 魔王を倒す旅へ出ても、荷物を預かった責任だけは一日も休まないらしい。


「食べられたと言います」


「説明できる範囲を越えました」


 箱は反省したように脚を畳んだ。


 俺は散らばった予定の宝を拾う。


 外套は厚く、旅に使える。


 方位磁針も正常に北を向いている。


 最後の石板には、古い矢印が刻まれていた。


 黒曜城への道標だ。


「これは?」


 ミロがのぞき込む。


「古い街道標です。向きが今の道と違う」


「川が移る前の道ですね」


 ミロは石板の苔を払い、地図と見比べた。


 古い道の一部が、現在の配達路と重なる。


 魔王城へ近づくための手がかりを、戦闘ではなく地図読みで得た。


 石板は持ち運べる重さではない。


 俺が矢印と欠け方を地図の余白へ写す間、ミロは周囲の水跡を調べていた。


「古道の先にあった橋は、もう流されています」


「分かるんですか」


「増水した跡が、道の高さより上にあります」


 昔の近道をそのまま信じていれば、明日には川辺で立ち往生していた。


 計画とは違う。


 だが、目的には近づいている。


 箱が俺の裾を噛んだ。


「まだ何か?」


 蓋の内側へ、黒い紙が貼りついていた。


 俺はミロから見えない角度で剥がす。


 三日目の弓兵隊で見たものと同じ、偽の王印。


『勇者の鞄を奪え。荷を守れぬ者に、世界は守れぬ』


 箱は命令へ従っただけだった。


 二年かけて決めた俺との手順より、偽の王印を優先した。


 箱を責める気にはなれない。


 王の命令へ従う魔族社会で、よく似た印を疑えというほうが無理だ。


 弓兵の次は宝箱。


 誰かが、俺の敗北計画へ別の試験を差し込んでいる。


「レオルさん、これを」


 ミロが一枚の紙を差し出した。


 配達の受領証だった。


 受取人の欄に、四角い箱の絵が描かれている。


「名前が分からないので。飾りを渡したら、箱にも印を押してもらいます」


 ミロが受領証を蓋の前へ出す。


 箱は端を一度だけ噛み、四角い歯形を残した。


 署名としては、妙に分かりやすい。


 宝箱が嬉しそうに蓋を鳴らした。


 俺は偽命令を袖へ隠した。


 三日目に回収した弓兵隊の命令書と重ね、夕日に透かす。


 横へ走る太い繊維が、同じ位置に三本浮かんだ。


 同じ束から切られた紙だ。


 封蝋を爪で削る。


 どちらからも、同じ松脂の匂いがした。


 誰かが偶然、俺の予定へ口を出しているわけではない。


 予定外の同行者が一箱増え、俺たちは五日目の日が落ちきる前に旧関所を出た。


 村までは半日。夜半まで進めば、朝には赤い屋根へ着ける。


 ただし、その箱は道中ずっと、約束の飾りを蓋で催促した。

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