表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
余命百日の魔王様を負けさせる係ですが、勇者がスライムにも勝てません  作者: sakumaaa
第一章 最弱勇者が勇者と呼ばれるまで

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/13

第3話 三日目「外す予定の矢が全部当たりそう」

外す予定の矢が、全部ミロの急所へ向かっていた。


 一本目は左胸。


 二本目は喉。


 三本目は、避けた先の右脇腹。


 本気に見える攻撃をしろとは言った。


 本気で殺せとは言っていない。


「伏せろ!」


 俺はミロの背負い鞄をつかみ、林道の窪みへ引き倒した。


 三本の矢が頭上を抜ける。一本は木の幹へ深く刺さり、二本目は土をえぐった。三本目だけが、ミロの肩を浅く裂いた。


「敵ですか!?」


「矢を撃ってくる知人はいません」


「僕もです!」


 それは何よりだ。


 木々の上で、弓弦が続けて鳴った。


 俺たちは窪みへ身を寄せる。深さは膝ほど。隠れ続ければ包囲されるし、飛び出せば狙い撃ちになる。


 ミロは傷を押さえながら、来た道と右の斜面を見た。


「戻るなら、三射目の直後です。右は木が密で、二人並んでは走れません」


 撃たれて最初に探すのが、反撃でなく二人ぶんの退路だった。


「逃げます。レオルさんも一緒に」


「その前に、予定を直します」


「この矢も予定に入っているんですか」


 入っていた。向き以外は。


 本来なら、矢は俺たちの左へ落ちるはずだった。


 朝、ミロが起きる前に弓兵隊長と確認した。城の避難訓練を何度も一緒にやった相手だ。


 狙うのは林道左の、赤い布を巻いた木。


 勇者の予定位置から腕二本ぶん外す。


 三射したら煙を上げ、敗走する。


 隊長は不満そうだったが、手順は正確に復唱した。


 目印の赤い布は、今も林道左の木にある。俺の腰にあるのは、位置を変えるときの予備だ。


 それでも矢はミロへ集まった。


「レオルさん、どうします」


「まず肩を」


 傷は浅い。


 布を当てて結ぶ間にも、矢が窪みの縁へ突き立つ。


 ミロが聖剣を抜いた。


「矢を落とせますか」


「昨日、縄にも負けました」


「確認しただけです」


 ミロは剣を窪みの上へ出した。


 飛んできた矢が刃へ触れる。


 聖剣は防ぐどころか、嫌そうに傾いて道を譲った。


「確認できました!」


「しまってください!」


 役に立たない剣が、敵へ現在地を知らせている。


 俺は腰袋から舞台用の小鏡を取り出した。通信に使う黒い鏡とは別の、照明を返すための手のひらほどの鏡だ。


 窪みの外へ少しだけ出し、角度を変える。


 朝日が林の奥へ走った。


 すぐに鏡を引っ込める。


 直後、鏡のあった場所へ矢が三本刺さった。


 金属の反射を狙っている。


 少なくとも、今はそう見える。


「勇者様。三つ数えたら、聖剣を一度だけ高く上げられますか」


「矢が来ますよね」


「来ます」


「走った先にも?」


「来ます」


「確認ですが、それは作戦ですか」


「作戦にします」


 ミロが一度だけ目を閉じた。


 三射目が土へ刺さる。


 ミロの身体は、さっき選んだ退路へ半歩動いた。


 だが林道の向こうでは、荷馬が一頭、矢の音に怯えて綱を引いている。昨日の商人たちとは別の旅人が、馬車を捨てて森へ逃げたらしい。


 このままなら、馬は荷台ごと斜面へ落ちる。


 ミロは退路を見たまま、馬へ向きを変えた。


「あそこまで走ればいいですか」


「剣へ矢が向いたら窪みへ捨てて、馬を外してください。鏡は俺が動かします」


「でも」


「走るのは得意でしょう」


 その言葉で、ミロの目が開いた。


 俺は試した小鏡を手元へ戻し、折り畳み鏡を二枚追加で出した。


 朝、幕を落とすため枝へ通しておいた左右の細紐へ、一枚ずつ結ぶ。紐の端は窪みまで届いている。


「寺院に怒られませんか」


「生きて帰れば謝れます」


 三つ数える。


 ミロが立ち上がった。


 聖剣が朝日を弾く。


 矢が一斉に向きをそろえた。


 ミロは剣を窪みへ放り込み、馬へ走った。


 俺は左右の紐を引く。


 二枚の鏡が別々の枝で跳ね、林の奥へ光を散らした。


 次の矢が、二つの光へ割れる。


 まだ足りない。


 俺は火口箱を開き、道脇へ仕込んでいた煙筒へ火を入れた。白煙が地面を這う。


 本来なら、弓兵隊が退く合図だ。


 弓弦は止まらない。


 命令そのものが変わっている。


 ミロは荷馬へたどり着き、暴れる首を抱いた。蹴られそうになりながら御者台へ上がり、馬と荷台をつなぐ綱の結び目を一つずつ外していく。


「急げ!」


「切ると、あとでつなげません!」


 こんなときまで配達人だった。


 矢が荷台へ刺さる。


 ミロは最後の綱を外し、馬の鼻先を斜面から街道へ向けた。耳元で何か囁く。


 馬が一度いななき、煙の中を走り出した。


 その進路へ、再び矢が集まる。


 俺は腰の予備布を外し、手元に残していた小鏡へ巻きつけた。


 煙の中から、ミロとは逆側の低い枝へ引っかけるように投げる。


 赤と銀の光が、大きく揺れた。


 最後の一斉射が、そちらへ飛ぶ。


 弓兵の位置が見えた。


「そこだ!」


 俺は煙の中から叫び、朝から手元へ残していた中央の落下紐を引いた。


 林の上へ吊っていた大布が落ちる。


 弓兵たちを傷つけるものではない。緑に塗った薄い幕が、三本の木の間を覆っただけだ。


 だが弓兵側から見れば、目の前に突然、壁が出たことになる。


 隊列が乱れた。


「撤退!」


 ようやく隊長の声が響いた。


 魔族の弓兵たちは、幕へ絡まりながら森の奥へ消えた。


 敗走というより、洗濯物に追われているようだったが、遠目なら勢いはある。


 静かになった林道を、ミロが馬を連れて戻ってきた。


「勝ったんでしょうか」


「相手は逃げました」


「僕、剣を捨てましたけど」


「判断が速くて結構です」


 俺は窪みから聖剣を拾い、三枚の小鏡と二枚の赤布も回収した。


 聖剣の刃には傷一つない。


 役に立っていない道具ほど、きれいに残る。


「肩を見せてください」


「馬が先です」


「馬は矢を受けていません」


「怖がっています」


 ミロは馬の首を撫でた。


 呼吸が落ち着くまで、離れないつもりらしい。


 弱い。


 だが、何もできないわけではない。


 俺が作った予定では、勇者は剣を振り、魔族が負けるはずだった。


 実際には剣を捨て、馬を一頭助けた。


 予定よりは、こちらのほうがましだった。


 夕方。


 ミロが薪を集めている間に、俺は森へ戻った。


 弓兵隊長が、落ちた幕を畳んでいた。頬には布の緑色が移っている。


「命令と違う」


 俺が言うと、隊長は牙を見せた。


「こちらの台詞だ、敗北係。おまえの修正版が届いた」


 差し出された命令書を開く。


 俺の字ではない。


『勇者へ恐怖を刻め。本気の攻撃を受けてなお立つ姿を、人間は英雄と認める』


 末尾には、アルマの王印に似せた黒い封がある。


 似ているだけだ。


 俺が全員へ渡した役を、誰かが別の台本で上書きした。


 攻撃されたことより、その事実のほうが腹立たしかった。


 二年間、舞台の修繕から兵糧庫の開閉まで、彼女の命令書を何度も扱った。


 外周の角度が一本違う。


「誰が運んだ」


「黒い外套の監察兵だ。摂政の直命だと言った」


 名乗りだけなら、証拠にはならない。


 王印まで偽造されている以上、摂政ゼルドの命令にも、ゼルドへ疑いを向ける罠にも見えた。


 どちらにも見えるよう、作られている。


 アルマが四年間国を預け、帰還してからの二年も摂政を務める男。


 疑うには、大きすぎる相手だった。


 隊長は折れた矢を拾い、低く言った。


「子どもまで巻き込んでいないだろうな」


「何の話だ」


 隊長の顔色が変わった。


 娘が昼食を届けに来るはずだったという。


 戦いが終わっても姿がなく、家へ戻ったと思っていたらしい。


 林の端に、小さな包みが落ちていた。


 中には固い焼き菓子が二枚。


 その先の泥へ、俺の手より小さな足跡が続いている。


 足跡は街道ではなく、崩れた古い見張り小屋の方角へ向かっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ