幕間4 二年前「二年かけて、城の裏方になった」
黒曜城へ来て四日目、俺の追放を止めたのは魔王ではなかった。
「俺が保証人になる」
ガドが、評議会の机へ欠けた角を向けた。
回廊崩落の翌朝。額には新しい包帯。右肩は梁を受けたせいで上がらない。それでも古い軍服だけは、昨日よりきちんと留めてある。
「この人間は逃げない。壊れた場所へ、むしろ戻ってくる」
「褒められているんでしょうか」
「俺も迷っている」
保証人の第一声としては頼りない。ガドの右肩は、梁を受けた昨日と同じように動いていなかった。
ゼルドは机の向こうで、俺の三日間の作業記録を読んだ。直した扉が四枚。雨漏りを受ける樋が七本。窓の留め金が九個。直せなかった回廊が一つ。最後の項目だけ、報告書が厚い。
「陛下のお力で、天井を支えたと聞く」
「最後の梁だけです」
「なぜ最初から命じなかった」
「城ごと直すと言われたので」
「何が問題だ」
アルマが隣から聞いた。
「直したあとに城が残るかどうかです」
「残すつもりだった」
「つもりを図面に書けません」
ガドが咳払いで笑いを隠した。ゼルドは笑わない。笑わないまま、新しい許可書を机へ押し出した。
「在城を三十日認める」
「短いですね」
「三日から十倍だ」
「成長率で言われると立派に聞こえます」
「夜間移動禁止。武器庫、記録庫、玉座裏への立入禁止。ガドの監督を外れない。陛下の名を使って命令しない」
「最後は同意します」
「他も同意しろ」
俺は許可書へ署名した。アルマは口を挟まなかった。守るための命令を飲み込み、俺が自分で残る手続きを待っている。月灯り座で四年見た顔だった。
「では、最初の仕事を」
ゼルドが焼けた回廊の図を差し出す。
「帰還式をやり直す」
「懲りてください」
「民は王の帰還を見ていない」
正論だった。正論は、現場の仕事を増やす。大回廊は一月使えない。代わりに選んだのは、城の奥にあった倉庫だった。天井は低く、柱が多い。千人は入らないが、百人なら入る。出口は二つ。床板は腐っていない。
「式典には狭い」
ガドが言う。
「芝居小屋には十分です」
俺は古い荷箱を舞台へ積んだ。黒布を張り、回廊から救い出した長椅子を並べ、出口へ白と黄色の布を結ぶ。赤は舞台裏の者だけが腕へ巻く。扉の留め金は、昨日直した四枚のうち一番新しいものを使った。
魔王の帰還を、長い演説ではなく短い芝居にした。アルマは台詞を三つとも命令口調で言った。子どもが二人泣いた。
「失敗では」
「泣いたまま帰らなければ成功です」
終演後、アルマは子どもの前で片膝をつき、焦げたパンを半分ずつ渡した。子どもは泣き止んだ。パンを食べた兵士が別の意味で泣いた。帰還式は、それで終わった。倉庫は、そのまま小劇場になった。
三十日の許可が切れる前に、俺は小劇場の椅子の脚を直した。次の三十日で、避難訓練の出口を増やした。白、黄、赤の三色色布を、兵舎にも常備し始めた。半年目、武器庫の兵から「倒れる演技を教えてほしい」と頼まれた。慰問芝居で英雄役に斬られるらしい。
一年目、ガドは見事に倒れ、床を割った。
「倒れるときは力を抜いてください」
「抜いた」
「床に穴が開いています」
「立派に負けたかった」
敗北へ立派さを足すと、修繕費が増える。次の公演では、ガドの部下に倒れ方を教えた。膝を先に落とす者。武器を手放せない者。死んだ役なのに、観客へ敬礼する者。誰も自然には負けられなかった。
「勝つために鍛えた兵へ、負けろと言うのが間違いだ」
ガドが舞台袖で言った。
「芝居の中だけです」
「身体は芝居を知らん」
そのときの俺は、その言葉を敗北役の難しさとして聞いただけだった。二年前には、笑って練習を続けた。台の下へ厚い布を敷き、倒れる位置へ白墨を引き、立派さより痛くない順番を教える。慰問芝居の夜、兵士たちは予定より早く全員倒れた。敵役をした子どもが、まだ剣を振っていないと泣いた。ガドは床へ伏せたまま、小声で言った。
「負けるのも難しいな」
「今ごろですか」
俺は幕を一度下ろし、全員を立たせてやり直した。観客は二度笑った。勝敗を直しても、誰も死なない夜だった。
ゼルドは俺の許可書を三十日から半年へ延ばし、半年から期限なしへ変えた。そのたび禁止事項は増えた。俺が直せる扉も増えた。食堂の窯は、アルマが火力を上げすぎない位置へ印をつけた。印を無視した日は、焦げたパンが兵舎まで配られた。誰も魔王へまずいとは言えず、俺の工具箱に苦情の木札を入れるようになった。
《黒い》
《硬い》
《武器庫で使える》
俺は木札をアルマへ見せた。
「好評だ」
「三枚目だけ読まないでください」
翌朝、火力の印が一つ下がった。命令ではなく、誰かの暮らしへ合わせて王が変わる。ゼルドは、その変化を評価しなかった。だが、食堂の燃料費が下がった欄には承認印を押した。
拘束室の雨漏りは、最初の一月で直した。ガドは「次の人間を入れる準備か」と聞いた。
「俺と同じ面倒を増やしたいんですか」
「一人で十分だ」
意見が合った。二年目、小劇場の処刑台が壊れた。アルマが負ける練習で、本当に踏み抜いた。
「もっと自然に倒れてください」
「敵の前で膝を折る理由がない」
「芝居です」
「芝居でもない」
俺は台の下へ潜り、割れた支柱を取り替えた。その二年間で、門兵は俺へ槍を向けなくなった。代わりに、扉が鳴ると俺を呼ぶようになった。ガドは監督役から友人になった。ゼルドは俺を信用しなかった。信用しないまま、仕事の報告だけは読むようになった。アルマは魔王へ戻った。戻りきれない夜だけ、小劇場へ来てアナの声でパンの焦げ具合を聞いた。
二年目の終わり。
三十日の許可をつなぎ、失敗した芝居をやり直し、焦げたパンの苦情を一枚ずつ届けた。扉が鳴れば呼ばれ、床が割れれば工具鞄を開いた。客人として残ったのではない。壊れた場所へ戻り、次に使う者のために直す。その積み重ねが、俺の在城理由を仕事へ変えた。
二年かけて、俺は黒曜城の裏方になった。




