表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
余命百日の魔王様を負けさせる係ですが、勇者がスライムにも勝てません  作者: sakumaaa
第一章 最弱勇者が勇者と呼ばれるまで

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/25

第15話 十五日目「旅人アナは魔王様に似ていない」

 魔王様が人間の食堂で、銅貨一枚のスープに金貨を出した。


「お釣りは不要だ」


「必要です」


 俺は店主の手へ渡る直前で金貨を取り上げた。


 十五日目の昼。


 橋の救助で潰れた麦を補うため、俺たちは三本杉街道の小さな食堂へ寄った。


 先に奥の席へ座っていたのが、旅人姿のアルマだった。


 人間の姿では角が消え、黒に近い紫の髪も肩まで短く見える。金色の目は茶色へ変わり、黒曜城の王服ではなく、灰色の外套と革靴を身につけていた。


 六年前、月灯り座へ来たときの「アナ」だ。


 ただし、人間の金銭感覚だけは六年前から進歩していない。


「銅貨を持っているでしょう」


「小さい硬貨は、どれも同じに見える」


「色が違います」


「暗い店だ」


「昼です」


 店主は金貨と俺たちを交互に見ている。


「旅芝居の元同僚です」


 先に説明した。


「舞台では王族の役を?」


 ミロが聞く。


「王を演じたことはある」


「似合いそうです」


「でも、七日目に見た魔王とは似ていません。あの人は、座っているだけで息が止まりそうでした」


「そうか」


 アルマは少しだけ機嫌をよくした。


「本人役でしたからね」


「レオルさん?」


「悪役が本人に似ていたという意味です」


 昼食一回で正体を隠すだけなのに、開始一分で台詞が足りない。


 ユラは名乗りもせず、アナの呼吸と手元を見ていた。


「寺院治癒師のユラです。こちらは勇者様の案内役で間違いありませんか」


「案内役?」


 アルマが俺を見る。


 彼女の知る俺の役職は、敗北係と城の裏方だ。


「今はそう名乗っています」


「似合わないな」


「あなたにだけは言われたくありません」


 店主が薄いスープを四皿運んできた。


 具は蕪が二切れ。玉葱が一欠片。鍋底に塩が沈み、上のほうはほとんど湯である。


 アルマは一口飲んだ。


 蜂蜜の味を失った十秒が、頭をよぎる。


「味は」


「薄い」


 即答だった。


「蕪を煮すぎている。玉葱は鍋へ入れる前に焦がした。塩は混ぜ方が足りない」


「店主に聞こえます」


「だが、懐かしい」


 アルマは、もう一口飲んだ。


 月灯り座で給金が遅れた冬、四日続けて同じスープを食べた。五日目にアルマが厨房へ立ち、鍋をかき混ぜた拍子に柄杓を曲げた。


 座長は弁償を求めた。


 アルマは柄杓一本へ金貨を出した。


 人間社会へ来て、最初に覚えた値段交渉だった。


「おいしいんですか」


 ミロが自分の皿を見た。


「おいしくはない」


「懐かしい味だそうです」


「失礼な思い出ですね」


「失礼なのは今の店です」


 店主がこちらを見た。


「声を落としてください」


 俺が言うと、アルマは素直に匙を置いた。


 その匙の柄が、少し曲がっていた。


 六年たっても、力加減は覚えていない。


 俺は彼女の手から匙を取り、指で戻そうとした。


 アルマが俺の皿を自分の前へ引く。


 底から混ぜ、塩の濃い部分を半分移した。


「おまえは濃いほうがよい」


「知っています」


 会話が終わる。


 ミロが匙を持ったまま俺たちを見ていた。


「本当に、元同僚ですか」


「六年ほどです」


「一緒に暮らしていただけだ」


 アルマが補足した。


「補足しないでください」


「事実だ」


 ユラが診療記録の余白へ線を引く。


「今のは何の疑問ですか」


「疑問ではありません。観察事実です」


 恋愛の含みには鈍いはずだが、手順の一致は見逃さないらしい。


 アルマはミロへ向き直った。


「勇者」


 王の声が一瞬だけ戻る。


 近くの客が匙を止めた。


「勇者様は、昨日の橋で全員を救ったんです」


 俺が話をつなぐ。


「全員ではありません。麦袋を十二個落としました」


 ミロが訂正する。


「人命を聞いている」


「人は全員です。蜂も」


「なぜ戻った」


「ネジさんたちが残っていたので」


「前日に、おまえを殺そうとした者だ」


 ミロの匙が止まった。


「アナさん、見ていたんですか」


「レオルから聞いた」


「いつ?」


「昨夜です」


 俺の通信鏡を知っている言い方だった。


「昔から、遠くにいても連絡が速い人で」


「遠く?」


「近くです」


「どちらですか」


「距離の話はやめましょう」


 ユラの余白に、もう一本増えた。


 アルマはミロだけを見ていた。


「殺されかけても救うのか」


「怖かったです」


 ミロは答えた。


「助けたかったというより、落ちるのを見たら逃げられなくなりました。格好よくはありません」


「そうか」


 アルマの声から、王の硬さが少し抜けた。


「では、魔王の前でも戻るか」


「一度は逃げます」


「一度」


「誰かが残っていたら、戻ります」


 アルマは俺を見た。


 やめてほしい。


 その視線では、誰が残るつもりなのか分かってしまう。


「弱いな」


「はい」


「気に入った」


 アルマが言う。


 ミロは褒められたのか分からず、薄いスープを飲んだ。


 夕方、食堂の裏で俺はアルマを問い詰めた。


「城を空けてよい状態ではありません」


「一刻だけだ。影道も最短しか使っていない」


「力を使えば、侵食が進む」


「勇者を自分の目で見たかった」


「俺の報告を信じていない?」


「信じている」


 アルマは即答した。


「だから、報告に書かなかったものを見に来た」


 何を、と聞く前に、彼女は食堂の窓へ目を向けた。


 ミロが曲がった匙を店主へ謝り、代わりに薪を運んでいる。


「あの者は、私を殺せる」


 アルマの指先が、俺の外套の袖へ触れた。


「だが、死なせるためだけに育てるには惜しい」


 影が足元へ集まる。


 黒い輪が開きかけ、その縁だけが細かく震えた。


 アルマの身体が傾く。


 俺は腕をつかみ、影の外へ引いた。


「中止です」


「一刻しか使っていない」


「帰りの分まで足りるとは言っていません」


 次の村外れに、人目のない古い祠がある。そこなら城側から影道を開かせられる。


「明日、歩いてそこまで行きます」


「今夜は」


「銅貨で部屋を取ります」


「命令か」


「生活指導です」


 アルマは反論せず、欠けたカップを一つ見つめた。


 割れ目へ銀の留め具を打ち、店主が使い続けている。


「あれは、よいな」


 人間社会を好きになった理由を、彼女は説明しなかった。


 欠けても捨てず、明日の客へまた出す。


 その程度の暮らしを見たくて、魔王は城を抜け出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ