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余命百日の魔王様を負けさせる係ですが、勇者がスライムにも勝てません  作者: sakumaaa
第一章 最弱勇者が勇者と呼ばれるまで

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第13話 十三日目「敗北には報酬がいる」

 負ける条件を尋ねたら、ゴブリンたちは見積書を出してきた。


「麦三十二袋」


「多いですね」


「十二日分、届いていない」


「干し肉八樽」


「それも十二日分?」


「一日分だ」


 クルムが真顔で答えた。


 十三日目の朝。


 林砦の裏手にある炊事場で、俺は昨日燃やされかけた台本を書き直していた。


 正面には砦長クルム。


 隣には、鉄兜を前後逆にかぶったネジ。


 左右には、昨日まで《ゴブリン五名》で済ませていた三人がいる。


 ピオは、砦裏で蜂箱を二つ飼っている。


 ハサは、谷の先に足の悪い祖母がいる。


 ロクは、守る家族はいないと言ったあと、クルムへ麦粥を三杯借りていると白状した。


「借りは返す」


「麦が届けばな」


 守る理由としては、三杯でも十分らしい。


 俺は一人ずつ名を聞き、一人ずつ謝った。


 ネジだけは十九行ある最期の言葉を最後まで聞けと言った。


 十行目でクルムが止めた。


「続きは死ぬ日にしろ」


「今日かもしれない!」


「今日にしない話をしている」


 ようやく交渉が始まった。


「砦を明け渡せば、人間はこの道を使う」


 クルムが地図を指す。


「谷の集落へ続く。俺たちだけ逃げれば、次に負けるのは家族だ」


 勇者を通すことだけ考え、通したあとを見ていなかった。


 舞台なら幕が下りれば、客は帰る。


 街道では、勝者がそのまま先へ進む。


「谷の入口を閉じます」


「何で」


「崩れた炭焼き場へ道を付け替える。古い橋は落とし、砦から撤退したように見せる。家族は炭焼き場の倉へ移す」


「食料は」


「ガド隊の予備を三日分。十二日分の不足は、止めた相手から取り戻します」


 俺の限定命令書で動かせるのは、街道上の演習物資だけだ。


 三日を越えれば、ただの横流しになる。


 それまでに正規の配給を戻せなければ、俺がガドと一緒に裁かれる。


「報酬は麦だけか」


 ネジが聞いた。


「希望は?」


「勇者から逃げたとは言うな」


「では、《住民を守るため戦場を移した》」


「もっと強そうに」


「《勇者を罠へ誘い込むため、戦略的に砦を放棄した》」


「それだ」


 文言一つで誇りが守れるなら、安い。


 その文言を最初から本人へ選ばせなかったせいで、昨日は槍が飛んできた。


 クルムは見積書へ指を置いた。


「負けるには、帰る場所がいる」


「用意します」


「命令か」


 俺は限定命令書を畳んだ。


「頼みます。勇者を通すために、ここから全員で退いてください」


 クルムはすぐに答えなかった。


 胸当ての木札を一枚ずつ鳴らす。


「三日分が先だ」


「妥当です」


「あと干し肉八樽」


「一樽」


「六」


「二」


「五」


「三」


「四」


「交渉が雑になってませんか」


「腹が減っている」


 四樽で決まった。


 昼前、ガドが予備食を荷車二台で運んできた。


 問題は、荷車を引いてきたのがミロだったことだ。


「レオルさん!」


 坂の下から手を振る。


 後ろにはユラもいる。


「ガドさんに、砦の人が食料を運べなくて困っていると聞きました!」


 ガドを見る。


「嘘は言っていない」


「伝え方を選んでください」


「おまえに習った」


 覚えなくていいところを学んでいる。


 ミロは荷車を砦まで引き上げ、ゴブリンの槍より先に、麦袋の積み方と炊事場までの坂を見て止まった。


 昨日、自分を刺しかけたネジもいる。


 逃げるなら今だった。


 ミロは荷車の車輪を石で留めた。


「麦は、どこへ置けばいいですか」


「敵ですよ」


 ユラが確かめる。


「空腹の人です」


「昨日、刺されかけています」


「だから、槍を持てないくらい先に食べてもらいます」


 善意なのか作戦なのか、本人にも分かっていない顔だった。


 ネジが荷車へ近づく。


「毒は」


「入ってません。僕も同じ鍋から食べます」


「勇者を食べてよいのか」


「鍋のほうです!」


 説明不足で献立が変わりかけた。


 ミロが麦袋を一つ担ぐ。


 俺とガドも続いた。


 ユラは炊事場で、ハサの祖母に必要な薬を聞いている。


 監視役の診療記録へ、魔族の患者が一人増えた。


「名前は」


 ユラが聞く。


「魔族の老人、一名でよい」


 ハサの祖母が答えた。


「よくありません。薬を飲んだ方と、次に診る方を区別できません」


「人間の寺院へ、名を渡すのか」


「渡すのは症状だけです。名前は私が、次に会ったとき呼ぶために聞きます」


 老婆はしばらくユラをにらんだ。


「ササラ」


 ユラは記録の守秘欄へ、その名を書いた。


 昨日、俺は五人を数で呼び、ガドに止められた。


 ユラは教えられる前から、患者を一人ずつ見ている。


 ミロがササラを背負い、左右の肩へ麦袋を一つずつ載せた。


「勇者様。置いてください」


「まだ持てます」


「持てるかではありません。その状態で転べば、患者が下敷きになります」


 ミロは足元を見た。


 谷道は、昨夜の雨でぬかるんでいる。


「ネジ、右の袋を。ハサは左。ミロはササラだけを運ぶ。クルムは先で足場を確かめてください」


 俺が分けると、ミロは二つの袋を渡した。


「荷物を取られる勇者か」


 ネジが笑う。


「届け先まで落とさない勇者です」


 ミロは言い返し、ササラの身体を背負い直した。


 一人で全部持つことを、少しだけ早く諦められた。


 夕方までに、三日分の食料と蜂箱二つ、寝具、炊事鍋が炭焼き場へ運ばれた。


 最後の荷車から、薄い木札が落ちた。


 食料袋へ結ばれていた配給停止票だ。


 《林砦への補給は、勇者迎撃の意思を確認するまで保留》


 下には、摂政府監察付・第七記録班の印。


 八日目、ガドの演習を記録した黒外套の男が見せた銀札と同じ班だった。


 封蝋へ鼻を近づける。


 松脂の匂い。


 偽命令二通と、同じだった。


「食料を止めれば、負ける命令へ逆らう」


 俺が言うと、ガドの顔から表情が消えた。


「逆らえば、本気の戦いになる」


 勇者を試すために、味方を飢えさせた。


 ただの嫌がらせではない。


 俺たちの台本を、本物の戦争へ戻そうとしている。


 クルムが砦の鍵を俺へ渡した。


「明日、谷の橋を渡る。全員向こうへ着いたら、砦を空にする」


 条件はそろった。


 今度こそ、誰も傷つかずに負けられる。


 谷の向こうで、古い橋が一度だけ軋んだ。


 見上げても、濡れた木々から鳥が飛び立っただけだった。


 昨夜の雨水が落ちた音だと、俺は決めた。


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