第9話:仲間とフラグ
そこはいつもと違って静まり返っていた。まぁみんな出払ってるから当然と言えば当然なんだけど。さてさて、どこにいるのやら…。
きょろきょろしながら歩いていると、遠くに赤髪の男と目立つマゼンダ色の髪の女の後ろ姿が見えた。マーリンドとヒスティア様だ。
何やらヒスティア様が声を掛けているが、マーリンドは歩幅を緩めることもなく歩いているのでヒスティア様は追いつくのが大変そう。
私は家政婦よろしくそこら辺に隠れてしばらく様子を伺う事にした。どっかに木でもないかな。
そんな事をしてる間に痺れを切らしたヒスティア様がマーリンドの前に周り、何かを訴えていた。するとマーリンドがヒスティア様の顔を自分の方に引き寄せた。
…もしかしてキスしてる?えーマジで?!後ろ姿だけだからなんとも言えないが、そんな感じがする!
まさかこの二人がくっつくとはなー。これからマーリンドの前でヒスティア様の話題出しにくいな。あ、けどヒスティア様と仲がいいなら仲介役になってもらえるかな?
ていうかヒスティア様に慰めてもらっているみたいだし、私帰ってもいいんじゃないか?
だんだん面倒+フラグ立てたくない私は帰る事を考え始めていたが、顔が離れた二人から甘い空気など皆無だった。ヒスティア様は青白くさせながら顔を歪ませると、マーリンドから早足で離れて私のいる方向に向かってきた。
やばい!隠れなくては!!先程見つけた木の後ろに隠れると、ヒスティア様がそこを去るまで身を潜めた。
過ぎ去ったのを確認すると、マーリンドは腰に指していた剣で練習用の岩人形をガツガツと叩き切っていた。
いくら魔法で岩人形の形が戻るとは言え、こうもすぐにボロボロにされては少し可哀相だ。戻るのが間に合わず塵が舞っている。
がむしゃらに剣を振る背中に声を掛けづらく、私は一端三番隊隊長室にあるものを取りに行った。
急いでそれを持って戻ってくると、マーリンドが剣を下ろしてアーメットを外し、肩で息をしていた。
「何の用だ。オレは今気が立ってるんだ。とっととどっかいけ」
「そっか…。じゃあこれだけ置いておくね」
「…て、サーイェ?!」
「そうだけど」
マーリンドはぐるんと勢いよく振り返ると、アーメットを投げ捨てずかずかと私に歩み寄って強く肩を掴んで揺すぶった。アーメットは大事にしてあげて!あれ絶対高いから!!
「お前今までどこに行ってたんだよ!!!絶対観ろって言ったよな!?」
「い、痛いよマーリンド!」
「…………」
あまりの力の強さに叫ぶように文句を言うと、マーリンドは不満気に口をへの字にしながら手の力を緩めてくれた。
「なんで遅れたんだよ」
「ごめん、来る途中に色々あって…」
「なんだよ色々って」
「あー、チンピラに絡まれた?」
「チンピラぁ?」
思いっきり顔を顰めるマーリンドの顔がまるでチンピラのように柄が悪かった。
「ラヴィーナと一緒に来たんだけど、ラヴィーナがあんまりにも可愛いからナンパされちゃって」
「ナンパぁ?」
だから顔怖いって!!!
「それでオレの試合に遅れたってのか?!」
「しつこかったんだって。だけどちゃんと帰ってもらえたから大丈夫」
「サーイェは何もされてないんだろうな?」
「私はアーメット被ってたから男と間違えられてたよ」
「ふーん」
まぁアーメット取られて顔を晒されたけれども。ここで言うとまた話がこじれそうで面倒なので伏せておいた。
だけどマーリンドは釈然としない表情で私から目を逸して、側にあるベンチにドカリと腰を下ろした。
「とりあえずさ、これ。タオルとアクエリオス」
「…………」
差し出すとマーリンドは黙ってそれを受け取りタオルを首にかけアクエリオスをがぶ飲みした。喉が大きく上下している様が男らしい。
マーリンドは一気に全部飲みきるとタオルで口を拭いた。
「お疲れ様。試合観れなくて本当にごめん」
「…………」
私は謝ったが、マーリンドは黙っていた。…気まずい。けどこういう時なんて言えばいいか分かんない。とりあえずマーリンドが何か話すまで黙っていることにした。
「…オレ、お前のためにすっげぇ頑張ったんだぞ」
「うん」
「訓練だっていっぱいした」
「うん。知ってる」
「観るって言ったから楽しみにしてたのに、何でいねぇんだよ」
「ごめんね」
「オレが負けたのはお前のせいだ」
「そっか…」
「………………違う。お前のせいじゃない」
「…………」
「オレが弱かったから負けたんだ!クソッ!!!」
マーリンドは持っていたボトルを握り潰すと地面に投げつけた。
「何で勝てねぇんだよ!あんだけ訓練したのに!!勝つって言ったのに!!!」
マーリンドは顔を歪ませ歯を食いしばり、怒りを堪えるように声を出した。
「もういい‥どっかいけ…!」
「…………」
こんなに怒りに満ちたマーリンドを見るのは初めてだった。そして、こんなに辛そうなのも。声は怒っているのにどこか寂しそうで、それはまるで癇癪を起こした小さな迷子のようだった。どっかにいけと言われてもほおっておくには忍びない。
こんな時でも頭にフラグがちらつく。だけど、フラグと仲間を天秤に掛けると、どうしても私は仲間に傾いてしまう。…フラグは今度折ればいいや。うん。
私は自分に言い聞かせると、座っているマーリンドに近づいて首に掛かってるタオルでマーリンドの頭に被せた。
「…なんだよ」
怒られるかと思ったけど、意外とマーリンドは大人しかった。
「…濡れてると風邪ひくよ」
「そんなに濡れてねぇよ」
…うん、まぁそこまでは濡れてないけどさ、顔見ると気恥ずかしくて言えないこともあるよね。マーリンドが上を向こうとしたので、私はそれを抑えて制した。
「今回の試合さ、負けたのは仕方ないよ。マーリンドが弱かったんだもん」
その言葉にマーリンドの身体が強ばった。
「そりゃ私が遅刻して遅れたせいもあるかもしれないけど、本当に強い人なら負けないよ」
「お前…!」
「それに、本当に強い人はこんな所でいつまでも腐ってない!」
私はタオルを外すとマーリンドの目をしっかり見つめた。
「怒るなとか悲しむなとかは言わないよ。だってそんなの当然の感情だもん。ただその感情に負けるな」
「…………」
「どんなに頑張っても思い通りにならない事なんて沢山ある。だけど今の頑張りじゃ無理でも、もっと頑張ったら勝てるかもしれない。トリス副団長はマーリンドが生まれる前から努力して強くなってるんだからさ、マーリンドの頑張りが足りないって言われても仕方ないよ。今回は負けたけど最後じゃないんだから次に向けて頑張ろうよ。次が駄目だったら次の次。それも駄目なら」
「次の次の次?」
「そう!」
強く頷くと今まで無表情だったマーリンドの顔から笑顔が漏れた。そして肩を揺らしながら俯いた。
「お前、どんだけ俺に頑張らせるつもりだよ」
「私が頑張らせるんじゃない。マーリンドが頑張るの」
「ああ、そうだな」
マーリンドは肩の力を抜くと、立っていた私の腰を引き寄せ私の腹部に顔を埋めた。
「ちょっと!」
「次頑張るから、少しこうさせろ」
「…………」
応援した手前、こう言われたら何も言えない。私は大きく息を吐くと、仕方なくそのままマーリンドの頭にタオルを被せて優しく撫でた。まったく、私が甘やかすとか出血大サービスもいいところだ。なんていうか今日は久しぶりにお母さんになった気分。そしてラムちゃんの筋トレ受けておいて良かった。
手持ち無沙汰な私は、マーリンドの頭を撫でつつ、髪を弄った。
跳ねっ毛のくせにサラサラだなー。キューティクルもちゃんとあるし、毛も丈夫そうだから禿げる心配もなさそうだ。髪色も私と違って天然の赤。光に翳すと一本一本かわルビーみたいキラキラしている。売れそう。
そしてしばらくしてからふと思い出した。
「ねぇ、マーリンド。もしかしたらそろそろ決勝始まっちゃうかも」
「…………」
「私としてはまだ一回も試合見てないし、我が団長の戦う勇姿を観に行きたいんだけど」
「…………」
マーリンドが抱く力を強めたが、私もいつまでも甘くない。
「四番隊隊長を破った副団長の実力も見たいなー」
「…………」
「見て勉強するのも強くなる秘訣だよ」
「行く」
そう言うとマーリンドは勢いよく立ち上がって伸びをした。ちょろい。
「よーし!んじゃ休憩もしたしとっとと行くぞ!」
「はいはい」
元気よく歩き始めたマーリンドを見て単純だと思いつつも安心した。
「あ、そうそう!」
「なに?」
マーリンドがくるりと回って戻ってくると、太陽みたいな眩しい笑顔でお礼を言ってきた。
「ありがとな!」
「うん」
「んじゃ行くぞー!」
「マーリンド、アーメット忘れてる!」
「あ?いいじゃねーか」
「駄目だよ!今日は鎧着るのが義務なんだから」
「えー」
「着なきゃ絶対に私、マーリンドと一緒にいないから」
「なんでだよ!」
「顔晒した王子と一緒だと何かと面倒だから」
「しょーがねーな」
「早くしてね」
私はマーリンドを急かしたが、戻ってきたマーリンドによって引っ張られたので結局私が急ぐ羽目になった。
「おい!ヒヨックート!」
「マーリンド!」
「サー「シーッ!」‥んん。おかえりなさい」
「た、ただいま…」
「マーリンドも元気そうで良かった…」
「あんなんで落ち込む訳ねーだろ」
「…うん、そうだね」
めっちゃ落ち込んでたろ。そしてそれを肯定するヒヨが大人に見えた。
私は歩幅の違うマーリンドに引っ張られたせいで軽く呼吸を見出しながらヒヨと交代して元の席に戻った。
「ありがとね、ヒヨ」
「いえ。それより苦しそうですけど大丈夫ですか?」
「うん、ちょっと急いだから息切れしてるだけだよ」
「貧弱だなお前」
「…………」
誰のせいだ誰の!!
「それよりまだ始まってない?」
「はい!今ちょうど休憩中で、10分後に決勝が始まります」
「ふーん」
そう言ってマーリンドが席に割って入ってきた。
「ちょっと何割って入ってきてんの?」
「え?オレもここで観るからに決まってるじゃねーか」
「ここ指定席だから駄目だよ。隣の人に迷惑かかるでしょ」
「あ?いいだろ別に」
「駄目」
「んだよ、ケチだな」
マーリンドが拗ねた様に言うと、顔を出して隣の女性に声を掛けた。
「おいお前。ここオレが座ってもいいか?」
「ま、マーリンド王子様?!!」
それだけで一気に周りがざわつく。どうしてこういう事するかな…。ていうか馴れ馴れしすぎだろ。
周りがざわついても全く動じずマーリンドは先ほどの女性に話し掛けた。
「で、いいのか?悪いのか?」
「も、もももちろんどうぞお座りくださいませ!!!」
「ありがとな!」
マーリンドのキラキラスマイルにその女性は既に腰砕けだ。周りの女性もすっかり目がハート。やっぱイケメソはすごいですね。
「ほらサーイェ、許可もらったぞ」
「……好きにし「サーイェ?!」
今度は私の名前に反応して更に周りが騒然とした。あー…そうだよ、マーリンドには念入りに言っておかなきゃいけなかったのに…。私達の周りに少し空間が出来たことにマーリンドはようやく疑問を抱いた。
「なんだよ急に?」
「えーと、みんな私を怖がってるだけだよ」
「は?…あぁ!黒髪黒目だからか?」
「そうそう」
「魔者とかも言われてたからな。お前が普通の生活に馴染みすぎてすっかり忘れてた」
「私も」
「んなもん気にしなきゃいいのに」
「みんなは気になるんだよ」
「ふーん」
マーリンドは周りを見渡すと、私のアーメットを外して後ろを向かせた。
「こいつがサーイェ・アマーノゥだ。髪と瞳の色は黒いが何ら問題ない。アンシエルのお墨付きだ。仕事も真面目にやるしなんだかんだで面倒見もいいぞ。今は三番隊で隊長補佐をして騎士団の一員として働いてる。それから甘いものが好きで…」
「ちょっとマーリンド!何なの!?」
「みんな分からないから怖がってるだけだろ?だったら分かってもらえばいいだけだ」
「いや、だけどね…」
私が言い返そうとした所で、マーリンドの通石がチカチカと光った。
「なんだ?」
「呼び出しじゃない?早く出なよ」
「ああ、も『マーリンド様、サーイェ・アマーノゥ、ラヴィーナ・ウィレット両名を連れ今すぐ陛下の元へお越し下さい。以上です』…しもし?なんだあいつ?」
「…ザビーだね」
「そうですね」
私はそろって陛下の席の方を見たら、ザビーの刺さるように冷たい視線と目が合った。
「…行くか」
「うん…」
「はい…」
「じゃあ僕はまた警備に戻りますね」
「うん、ラヴィーナと居てくれてありがとね」
「いえ」
「お兄さま、お仕事の邪魔してすみませんでした」
「ううん、ラヴィーナのせいじゃないし、一緒に試合観戦出来て楽しかったよ」
「お兄さま…」
なんだこの仲睦まじい兄妹は!癒される!!その様子を見て和んでいると、再びマーリンドの通石が強く点滅した。
「分かってるっつーの!」
マーリンドは通石を取らずにザビーを一睨みすると通石は点滅をやめ、席を移動し始めた。
「あの、お騒がせしてすみませんでした」
私がぺこりと頭を下げると、続いてラヴィーナも頭を下げてそそくさとアーメットを被ってその場を離れた。
そして私達は、陛下の側でザビーの説教を受ける羽目になった。
「マーリンド様」
「なんだよ」
「あのような場所で騒ぎを起こすような事はお止め下さい」
「大した騒ぎじゃないだろ」
「あの時はまだ良かったですが、今日の様に民衆が密集している中で混乱が起きれば怪我人が出る場合もあります」
「…分かったよ」
「それに貴様も昼の様に悪目立ち様な真似をするな」
「はい、すみません…」
うわぁ、やっぱりバレてたか。気まずい気持ちでいると、気弱なラヴィーナが一生懸命弁明しようとしてくれた。
「けど!あの!サーイェはラヴィーナのために言ってくれたので、その、サーイェは悪くないんです…」
ラヴィーナはちゃんと言おうとしているが言葉が尻すぼみでぷるぷる震えて既に泣きそうだ。ラヴィーナ、あれでザビーは睨んでるつもりないんだからその反応はやめてあげて。一人理解していないマーリンドが首を傾げた。
「昼?‥あぁ、チンピラの事か?」
「うん」
「ラヴィーナのせいでサーイェの素顔が暴かれひどく乱暴な事をされてしまったんですぅ!」
「なんだと?!」
再びうわぁん!と泣き出したラヴィーナは泣き出した。なんかラヴィーナがいうとめちゃくちゃ酷い目にあってるような気がする!
「おい!何があった!?」
「え、ただアーメット取られて危険物扱いされたから弁解しただけだよ。そんな追求される程酷い事されてない」
「その男は今どこにいるんだ?!」
「知らないけど、マークさんが追ってみてるみたいだよ。ほら、ラヴィーナ泣かないで」
「ふぇ…」
「捕まえたらオレがぶっとば「さなくていい!」
私はラヴィーナを慰めつつマーリンドを叱りと本日2回目のお母さん化。
「静粛に」
見かねたザビーの一言により一気に静かになった。さすがお義理母様!そしてお義理母様の代わりに陛下が答えた。
「この件に関してはルーカス・フォンドに一任している。マーリンドは口を挟まず奴に任せよ」
「だけど!」
「良いな?」
「………」
陛下に言われてもマーリンドは返事をせず、口はへの字に曲がっていた。
「サーイェも気持ちは分かるが、まだお前の存在が正しく浸透していない時にこの様な行動をされると今後何が起きるか分からぬ。自重せよ」
「はい」
自重せよというのなら、陛下もその熱っぽい眼差しを自重して下さい。そんな事言えるはずもないけど。目を合わさないように黙っていると、会場から大きな歓声が聞こえた。
「…そろそろ始まるようだな。お前達はここで観戦せよ」
「え?」
「今更あの騒ぎの起こした場所に戻るなという事だ」
「…はい。すみません」
「まーいいじゃねーか!ここのが近いからよく見えるぜ!結果オーライだ!」
「ほんとポジティブだね…」
「ほら早く来いよ!」
「はいはい」
「余の前は塞ぐな」
「分かってるって!」
私はまた目を赤くして鼻をぐずぐずさせているラヴィーナを連れて立って試合観戦をした。
南にある大きな問から現れたのは、屈強な鎧を身に纏った黒と白の騎士。ガイシス団長もトリス副団長も武器が大きいから少し小さく見えるが、存在感が圧倒的だ。ただ歩いているだけだけど目が離せない。
二人がコロシアムの中心に来ると、審判が旗を上げて互いに構える。その緊迫した空気が広がり、観客席もそれに合わせて静かになる。
審判が旗を振り下ろした瞬間、二人は武器同士をぶつかり合わせた。それと同時に観客も一気に沸く。最前列で見てた私は、武器同士をぶつけたときのその衝撃が体を走り、そのひと振りだけで次元が違うことを実感した。
重い武器だとは思えないほど二人は軽々と武器を振り回す。恐らく一撃はガイシス団長よりも遠心力を利用したトリス副団長の方が強いだろう。しかしガイシス団長の方が小回りが聞くから不利だとは言えない。
その後も二人は舞でも踊るかのように滑らかに攻撃を繰り返し、避け、武器を打ち鳴らす。
一撃が強いだけに武器が当たりそうになるとハラハラする。特に以前にトリス副団長が白騎士の腕を折っている所を見ているだけに、ガイシス団長が攻撃に当たらないか心配だ。
今の状況は素早い動きでガイシス団長が何発かトリス副団長に攻撃を当てているが、決定打にはならない様子。トリス副団長は体格通り、なかなか撃たれ強い。
そしてトリス副団長相手に無傷なんていかない訳で、ガイシス団長が一度避けたあとにトリス副団長の素早い一撃が右腕に落とされた。薙ぎ払われた衝撃でガイシス団長は横に飛んだが、バランスを崩さずに再び距離を取った。腕は折れてなさそうだ。
「良かった…」
「あれくらいでガイシスは倒れねぇよ」
「だって、あんな強烈は一撃食らったら心配になるよ」
「まー、普通の奴なら確実に腕は折れてるだろうな。だけどメージで防御してるから大丈夫だろ」
「メージで?」
「ああ。とっさに防御するときに力んだりするだろ?あの時にメージをその場所に集中してメージが衝撃をカバーしてくれるんだ。だからさっきからちょくちょく攻撃食らってるトリスが平気そうなんだよ」
「魔法とは違うの?」
「ああ。メージは身体に漲ってるものだから、動かさない方が難しい。だからその逆もアリで、攻撃する時に武器にメージを込めればそれだけ強い攻撃が出来る」
「おぉ!」
「ただメージを消費するわけだから疲れやすく、うまくコントロールしないと自滅する。あいつらはそれを瞬時にメージの必要量を上手く判断してるわけだから」
「すごいねー…」
「そういうことだ」
納得。ちらりと横を見ると、マーリンドが塀を強く握っていた。
「悔しい?」
「…まぁな」
「これからの課題はメージコントロールだね」
「ああ」
「千里の道も一歩からだよ。がんば」
「おう」
一声掛けると、マーリンドは手の力を抜き再び試合に集中した。試合はまだ亀甲しているが、先程よりも若干ガイシス団長が有利になっているような気がする。恐らくトリス副団長が重たい武器を振り回しているのが原因だと思う。
「トリスは一撃必殺型だからな。一撃が重い分、戦いが長引けば不利になりやすい。それに今回はいつもより多くメージを消費させないとガイシスには効かないから余計に疲れやすい」
「ガイシス団長は大丈夫かな?」
「あいつは理想的なバランス型だからな。このまま余計な攻撃を喰らわずに時間を稼げれば勝てると思う」
「そっか。ガイシス団長頑張って下さいー!ほら、二人も!」
「頑張って下さいー!」
「…………」
せっかく私とラヴィーナが応援しているというのに、マーリンドはノリが悪かった。
「マーリンドは応援しないの?」
「二人共オレに勝ってるからどっちでもいい」
「ほう、殊勝な考えだね」
「…なんだよ、悪りぃかよ」
「いやいや、大人になったなぁと思って」
「お前が言うな!あ!」
「何?」
「やっぱりガイシスに勝ってほしい!」
「何で?」
「ガイシスが勝てば騎士団内で祝勝パーティーが開かれるんだよ!!」
「そうなの?」
「ああ!豪華料理が食べ放題飲み放題だぞ!」
「へぇー。けど次の日仕事あるんじゃないの?」
「あるぞ。だけど次の日使えねーくらい飲むやつもいる」
「だめじゃん!」
「めでたいからいいんだよ!」
マーリンドが嬉しそうに笑っていると、ラヴィーナ驚きの声を上げた。
「ガイシス団長に一撃が入りました!」
「うそっ?!」
急いで見るとガイシス団長が後ろに吹っ飛ばされて膝を付いていた。そして鎧の左腕部分には凹みが出来ていた。そこへトリス副団長がチャンスとばかりにもう一度大きくハルバードを振った。危ない!!
「ガイシス団長!!!」
思わず私は叫んだが、ガイシス団長はひどく冷静なように見えた。
ガイシス団長はハルバートが振り降ろされた絶妙なタイミングで勇敢にも前転をしてギリギリで交わし、ハルバードを振り切り隙だらけのトリス副団長の脇に目掛けてバスターソードを振り下ろした。
おそらくものすごい強い力だったのだろう。トリス副団長は体勢を崩し、その隙を狙ってガイシス団長は素早く二度八の字を書くようにバスターソードで切りつけ、ふらついたトリス副団長目掛けて思いっきり突きをした。
トリス副団長は勢いよく後ろに飛ばされ倒れると、ガイシス団長はそれを追いかけ、トリス副団長が起き上がる前に彼の顔の横にバスターソードを刺した。
審判が旗を上げた瞬間、コロシアムは今日一番の熱狂に包まれた。
「やったー!!!」
「すごいですー!!」
その勝負に私も興奮してラヴィーナに抱きついて勝利の喜びを分かち合った。マーリンドも興奮のあまり私に抱きついてきたが、私は抱きつく代わりに笑顔で思いっきり足を踏んづけて脇に肘打ちすると、マーリンドは痛みに悶えながら離れていった。だからそんなに甘くないって。これからは小さいフラグも見逃さないよ?そして後ろから笑い声が聞こえたけどそれも無視した。
ガイシス団長は剣を引き抜いて、倒れているトリス副団長手を差し伸べた。トリス副団長は最初は躊躇したが、力強くガイシス団長の手を握ると立ち上がった。そして二人で何か話している。あぁ…何かこう、戦った後に芽生える絆っていいね!スポーツマンシップみたいな。
それにしてもトリス副団長の鎧はぼこぼこだな。特に正面。あの突きを食らったら鎧を貫通して体に刺さっていてもおかしくはない。そこはさすが白蛇騎士団副団長です。
その後はガイシス団長の表彰があって陛下が出なくちゃいけないので、ここにいると余計に目立つということで私達は早々とコロシアムを去った。
早速マーリンドは嬉々として祝勝パーティーの準備をしに向かい、私は家へラヴィーナを送り届けるとルーカス隊長の元へ指示を仰ぎに行った。大会も終わったということで混雑していたが、伝令係りのマークさんも居ないということで、帰っていいと言われた。
「いいんですか?」
「また面倒なことになるの嫌だし」
「そうですね…。マークさんがいないってことはまだ彼らは捕まってないっていうことですか?」
「ん。こんなに人が多いと探すのは困難だから早々と切り上げさせた」
「そうでしたか。ただのチンピラであるといいですね」
「だな」
特にやることもないしチンピラも分からずじまいか。なんかスッキリしないな。じゃあこれからどうしようかな?あ、ガイシス団長にお祝いでも言いに行こう。
「ガイシス団長にお祝い言いに行きたいんですけどどこにいますか?」
「ガイシスは試合後、仕事に戻って忙しいから祝勝パーティーの時にしたほうがいい」
「分かりました。けどパーティーってどこでやるんですか?」
「第一訓練場付近。立食形式だからみんな適当に飲んでる」
「へー。じゃあ結構ラフな感じですか?」
「ああ。全員私服参加だ」
「そうなんですか?」
「ん。ただ警備の都合上、7時から10時まではセカンド・ウォールは閉鎖されるから遅刻するなよ」
「了解です」
今は4時だから余裕で間に合いそうだ。
「ではお先に失礼しますね。またパーティーで会いましょう」
「ん」
ルーカス隊長に別れを告げると、足取り軽く家へ向かった。実はそんなに飲み会やパーティーにをしたことがないので結構ワクワクしている。楽しみだなぁ。