18.そして星はなないろに輝く/red
2話更新しています。1話目。
シランの熱が引いて、夏の残り火が静かに燃え尽きた頃。
山を吹き下ろす風が冷たくて、本格的な秋の始まりに、騎士団長の執務室でシランはエドをはじめとした団長達と向き合っていた。
「いいのか?」
そう言って、手に持った書類をひらひらと揺らして見せたのはエドだ。書類には「国立騎士団入団志望書」と書かれており、その下にはシランの名前が書かれている。
「はい」
「てっきり文官を目指すと思ったが」
「最初はそのつもりでした。ただ、医官や薬剤師はともかく、政務官を目指すならまずこの国をよく知らないといけないなって。僕は今までお客さんだったので」
「……政務官になりたいのか?」
「正確には騎士団と貴族院の繋ぎ役になる政務官になりたい、です。誰かさんみたいに」
シランと目が合ったエドの目がぱちり、瞬く。少し考えるような素振りを見せたエドの後ろでなるほど、とミーネが頷いた。
「そうか、団長か」
「団長だな」
「やかましい」
「そうです」
「あのなあ、シラン、俺は王族だから今こうして動けてるのであって──」
「目は幾つあっても困りませんよ、エドワルド殿下」
にっこり、圧をかけるように微笑めば王弟の顔になったエドワルドはため息をついた。
貴族院に対して、この王弟はたくさんの目を城内に光らせているのだとアダンは語っていた。それでも多分まだ、パワーバランスとしては足りない。貴族院は防衛院を舐めてかかっている節がある──ミーネの査問会で彼女に対して浴びせられた中傷がひどいものだったと噂が広まっているし、ヴィオレッタ・リーズも貴族籍を持たないミーネだからこそあそこまで焦り嫉妬に狂った。貴族と騎士、庶民の間にはまだ溝がある。
それを正しく認識できているのは、まだ、エドワルドだけ。
そして──オルヴェンの貴賤の問題に無関係なシランだけだ。
「……目で終わる気がない顔だ」
「せっかくですし、できることはなんでもやってみたいと思いまして。僕天才ですし」
「お前、せっかく得た選択肢を投げ捨てようとしてるって気づいてるか?」
「ええー。エドワルド殿下こそお忘れですか?」
情の複雑さ。あたたかさ。漁師網のように踏み込めば足を取られるからこそ救われて、不自由で自由。そんなこの朝焼けの国を、シランはすでに気に入っている。
「僕、天才なんです。論理だけじゃなくて魔術も、研鑽することも、目的のために邁進することも。
──だから、何かを選んだから捨てることになった選択肢なんて、一つもないんですよ?」
ふ、と誰かが笑う気配がした。参った、と頭を抱えるエドの手からミーネが志願書を抜き取ると、ドアの外に控えていたらしいオリドに何かを伝えている。それを見たアダンが肩をすくめて何か帳簿を取りに行った──戻ってきたついでにシランに何枚か紙を渡してくる。
「これは?」
「騎士団と違って政務官は試験制なんだ。次の募集は春だな。学ぶ時間は十分ある。こっちは図書館塔への出入り申請書。勉強するならあそこがいい、騎士団で使う人間は少ないが本来あそこは全ての国民に開かれている」
「さすが手厚い。ありがとうございます」
「シラン、用意ができたら採寸をしよう。今貸している服は君には大きすぎるから、詰めてもらった方がいい。早速明日から本格的に所属するだろう?」
「ええー、仕立ててもらえないんですか」
「仕立て屋を呼ぶのは隊長格になるか入らないほどでかくなるかだな。シランはまず見習いからだ」
「ええー。結構活躍したのに」
「魔術師としてな」
「魔術師としてね」
綺麗に揃ったアダンとミーネの言葉に思わず笑うと、顔を覆っていたエドも肩を震わせているのが分かった。ちぇ、とわざとらしくぶすくれて見せるとわしわしとアダンに頭を撫でられた。ひょいと身を屈めてその手から逃げると呆れたように肩をすくめられる。
開けたドアの先ではオリドが呼んだらしいメイドのマルガが裁縫箱を持って待っていた。いつもは厳しい顔つきを珍しく緩ませて、シランと副団長たちのやり取りを見ている。彼女だってそうだ。魔術師のシランを信頼して、王城にいないかと──価値観の相違で多少苦い思いはしたが──誘ってくれた人。シランが見出した、オルヴェンのあたたかさの一つ。
促すようにミーネが軽くシランの背を押す。
「行っておいで、シラン」
彼女が促したのは、たかが採寸と見習い騎士服の詰め直しだ。けれど、まるでそれは歓迎の言葉のようにシランの胸に響いて聞こえたものだから──
「行ってきます!」
ミーネ達に見送られて、思わず小走りに部屋を飛び出した。一瞬振り向いた向こう、執務室の窓の向こう──見覚えのある誰かが笑って、去っていった気がした。
これは夜明け前の物語。
星を頼りに舵を取り、貴方はこれからも進み続ける。
次が最終話になります!!よろしくお願いします!
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